深夜の『ネオ・トリアノン』――。
客もオカマも誰も居ない店内で、俺はグラスを磨いている。
ドアが鳴って客が一人入って来た。
見なくても誰かわかっている。
その姿を見る瞬間の感動を噛みしめたくて、勿体ぶって振り向いた。
「いらっしゃい、元気だった?」
「まあまあだな」
客は黒いスーツ姿だった。
いつものやつ、と言われてマティーニの準備をする。
外は雪だぞ、と客が言う。ああ、どうりで今夜は冷え込むはずだ……。
「実は、打ち明ける事があるんだ。今までお前に隠していたが……」
そう言って黒いコートを脱ぐと、その下から現れたのは……。
真っ白い羽――。
白鳥の羽のような純白のそれが、黒いスーツの背中から大きく広がっている。
「本物の天使だったんだね……」
予想はしていた。
「ごめんな……天使のあんたを汚しちゃった……」
「アクセル……お前は汚れたのか?」
「んなわけないでしょ」
「私も同じだ。天使は汚れないようになってるんだ」
その言葉通り美しく気高い姿の天使はマティーニを手に笑った。
「これからどこへ?」
「さあ……またどこかの国のどこかの空港かな?」
「寂しくなるな……」
「お前に会えてよかった」
「そのカクテル飲み干すまで居て。で、ゆっくり飲んで」
「ああ、そうしよう」
天使は微笑むと一口飲んで目を閉じ、ああ美味いなぁ、と言った。
これが夢だという事はわかっていた。
それでも俺は、時間が止まればいいのにと……切に願った――。
30代目TOP
長編小説『いつか辿り着く場所』からのワンシーン。
初雪の訪れとともにガブリエルが消えた朝、アクセルが見た悲しい夢・・・。
【2012年11月1日】