まったく、こいつにはいい加減頭にくる。


「ちっ!」
数歩後ろをのらりくらり歩いてくる紅い男を振り返って、三蔵はまた舌うちした。
離れていても背後から漂ってくるただならぬアルコール臭。
浴びるほど飲んだわけではない。
文字通り、悟浄は全身に酒を浴びていた。
そもそも、久し振りの職場の飲み会だからといってはしゃぎ過ぎたコイツが悪い……。
と、苛立ちながら紅い男の顔を見つめれば、視線に気付いて間抜け面がへらりと笑顔をよこす。それを見てまた腹が立った。


同じ部署の女子社員が寿退職する事になり、今夜は送別会だった。
一次会は居酒屋で、一人一人からのお祝いの言葉と花束贈呈で涙あり思い出話で笑いありで、和気あいあいと楽しく過ごした。
だが、二次会のスナックでは和気あいあいが過ぎた……。
女たちに言わせると「ノリが良くって優しくてカッコ良くって面白い悟浄先輩」はここでも女子社員たちの輪の中心に居た。
輪の中はワイ談で大盛り上がりだ。
悟浄が一人の女子社員に歯の浮くような冗談を言った。
「やだもー悟浄センパイったらぁ!」
冗談を言われた女がふざけて悟浄を叩こうと身を乗り出したその時――。
些か酔っている女の足がふらつき前のめりに転倒しそうになった。彼女は咄嗟に隣で悟浄の水割りを作っていた店の女性の身体を押してしまった。
「あっ……」
「おわっ!」
「きゃー!」
開封したばかりのウイスキーのボトルを抱えたまま、店の女性は悟浄の胸元になだれ込む。
とくとくとくとくとくとくとく……。
胸から膝までたっぷりウイスキーを注がれ、こうして悟浄は赤ゴキブリのウイスキー漬けになったわけである。
タオルで拭いてどうにかなる濡れ方ではない。
「帰るぞ、悟浄」
当然、強制撤収。
「そういや、お二人は部屋をシェアされてるんっスよね?」
今年入社の後輩にそう声をかけられて、三蔵は密かに顔を引きつらせる。
部屋をシェア……そう言うと聞こえはいい。
だが、誰にも知られてはいないが本来の意味合いにおいて悟浄との同居は「同棲」というやつだ。
言い寄られて、言いくるめられて、押し倒されて、流されて、「恋人同士だから一緒に住むのは当然じゃん?」と押し切られて、今の生活に到る。


ガキじゃないんだからほっとけ、と思わなくもないが、もともと騒がしい所が苦手な三蔵としてはそろそろ帰りたくなっていた。ちょうどいい中座理由だ。
だが、こんな悪臭男を連れては電車に乗れず、タクシーにも乗車拒否され、それでも何台目かのタクシーを捕まえると、逃げようとする運転手を半ば脅してやっとマンションまで帰って来た。
支払いはもちろん悟浄の財布から勝手に札を抜き取った。
ありがとうございました、なんて言葉は言われるはずなどない。


「なんで俺がこんな目に……」
嘔吐寸前の酒臭さに涙目になりながら三蔵は思わず呟いた。
ただでさえ悪目立ちする男二人。今は酒臭い悟浄のせいでよけい道行く人が皆振り返る。
去り際のタクシー運転手の舌うちにも腹が立つ。
俺が一体何をした!
「あーパンツまでびしょびしょ……」
「立ち止まるな!さっさと歩け!」
思わず尻に蹴りを入れる。
「なにすんのよ三蔵、なんか今日のオマエ機嫌悪くね?」
ああ、こいつをぶん殴りたい。ぶん殴りたい。ぶん殴りたい……。
「つべこべ言わずに歩けタコ!」


「早く服脱げ」
部屋の玄関に入るなり三蔵は冷やかに言った。
言われた悟浄の目が一瞬点になる。
そして三日月のように細められ、唇がニマリと歪められた。
「もーさんちゃんったら、そんなに我慢できないの?」
「はあっ!?」
「ここでヤってもいいんだけど、たまには三蔵が脱がしてよ」
はいどうぞ、と言わんばかりに両腕両脚を軽く開いて目の前に立つ図体に、怒りを通り越してため息が出た。
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、人類史上最高の馬鹿だなてめーは」
悟浄の紅い髪をひと房わしづかみにすると部屋の中に引きずり込んだ。
「いでで!いでで!ひっぱんなってオイ!」
そのままかまわずにどんどん部屋の奥へと連れて行く。
「酒まみれのスーツが臭ェんだよ!」
三蔵は悲鳴をあげ続ける男を風呂場まで引きずっていくと、その背中を足で蹴り飛ばした。
悟浄が風呂場内の壁に顔から突っ込む。鼻を強打したらしく顔面を押さえ声もなく悶えていた。
すかさずシャワーの吐水レバーを全開にする。
冷水が悟浄の頭に勢いよく降り注いだ。
「どわあぁっ!なにすンのオマエ!」
「うるせぇ!そのまま身体もスーツも洗っちまえ!ついでにその沸いた頭を冷やせば一石二鳥だろうが!」
「てめ……それが愛しい恋人に対する仕打ちかよ!」
「まだヌカすか!」
「風邪ひいたらてめーのせいだぞコラ!」
悟浄はわめき散らすがシャワーに打たれたまま風呂場から逃げようとはしなかった。
ざまあみろ、と三蔵が捨て台詞を吐いてその場から離れようとした時だった。

がしっ!

風呂場の戸口に掛けた三蔵の右手首を悟浄の手が握り込んだ。
ハッとしてずぶ濡れ男の顔を見上げる。
たくらみを孕んだ深紅の瞳が、血のカーテンのような髪の奥でギラリと光った。
唇の片方だけ端が引き上がる。
しまった!と思った時にはもう遅かった。
「てめェも道連れだ!」
楽しそうな叫び声と共に三蔵の身体は勢いよくシャワーの中に引き込まれた。
そのまま悟浄の胸の中に拘束され、くるりと身体が反転して壁に押し付けられる。
激しい水流に晒されて、今日クリーニング屋から戻ってきたばかりの三蔵のスーツはあっという間にずぶ濡れになる。
「なにしやがる!このクソ河童!」
怒りにわなわな震える三蔵の身体を抱き締めながら、悟浄は器用に足で風呂場のドアを閉めた。
「なにって、気持いいコトしてお前を慰めてやるんだけど」
「……貴様、ついに狂ったか!?」
「……あのさ、今夜は悪かったって。女の子たちとふざけてばかりで……お前を無視するつもりはなかったんだけどな」
「ああ!?言ってる事が全然わかんねえ」
「だから……今夜お前の機嫌が悪い本当の理由」
妙に真面目な顔で悟浄に言われ顔が熱くなった。
ヤキモチを指摘され恥ずかしいのか、頭にくるのか。おそらく両方であろう。
「なに自惚れてやがるエロ河童!都合のいい解釈すんな!」
三蔵はなんとか殴ろうと悟浄の腕の中でもがく。
「わかった、わかったから三蔵……」
「誰がてめェなんざ……!」
すべて知ったような顔をして子供をなだめるような悟浄の態度に腹が立つ。言いようもない悔しさがこみ上げてきて三蔵は無茶苦茶に暴れた。
「わかったから!もう黙れって!」
真顔でぴしゃりと怒鳴られ思わず固まった。
三蔵の髪の中に悟浄の指が絡められ、髪を引っ張るようにして顔を上げさせられる。
水流がまともに顔に降りかかり三蔵はきつく目を閉じた。鼻で息が出来なくて口を開けると当たり前のように悟浄の口で塞がれる。
悟浄の舌がゆっくりと口内をくまなく舐めまわす。
不埒な同居人を殴るつもりでいた三蔵の手はいつしかその男の服を握りしめていた。
「そこら辺の女と三蔵が同じ土俵に上がるわけないっしょ……」
唇を離して悟浄が囁く。
「お前にべた惚れって、まだ信じてくんねぇの?」
「……ったりめーだ」
「んじゃ、身体でわからせてやるよ」
再び唇が下りてくる。激しくて奪うような舌の動き。
三蔵の身体の中心から四肢へと妖しい熱が広がっていく。

やばい……。

唇を貪りながら、悟浄の大きな手のひらがズボンの上から三蔵の尻を揉みしだく。

やばいっ……!

「なんかさ……ずぶ濡れになりながらこんな事してっとスゲー興奮しねえ?」
「するかっ!てめーと一緒にすんな……」
「そ?じゃ、なにコレ」
悟浄の膝が脚の間を割って股間を擦り上げた。
「う……あっ……」
唇は耳を嬲り首筋を舐め上げ、手が全身を這い廻り執拗に股間に刺激を与え続ける。
「……あぁ……」
火が点いた身体には降りかかるシャワーの水圧さえも愛撫になってしまう。
「ど?少しは俺の気持ち伝わった?」
「……これっぽっちじゃ……わかんねぇな……」
「まだまだこれからだっての」
そう言うなり悟浄は三蔵の身体を抱き上げると床に寝かせた。
「なっ!よせ、こんなとこで……っ!」
慌てる三蔵を無視し、悟浄は手際よくズボンを脱がしにかかった。
「だってお前、そんな赤い顔して目ェ潤ませて、しかも濡れそぼってるし……色っぽすぎだっつーの!」
下着ごとズボンを両脚から抜き取られる。
シャワーの細かい水流が張りつめた股間にちりちりと追い打ちをかける。
「ば、馬鹿……やめろ悟浄!やめ……ああっ!」
いきなり指を突き入れられた。
中でせわしなく動く指はめずらしく余裕のない悟浄の心境を伝えていた。
「わりィ三蔵……後でちゃんとすっから……まずは挿れさせて!」
「死ね……っ!」
「先っぽ。先っぽだけ……な?」
その時、指が三蔵の「イイ所」を突いた。
「ひっ……!」
三蔵の足がびくりと伸びる。
たかだか一坪程度の風呂場は、大の男二人がもつれ合うには狭すぎる。
びくりと伸ばされた足は風呂場のドアを蹴っていた。
思いがけず強い蹴りだった……。

がこん!

「がこん……?」
不吉な……手ごたえならぬ、足ごたえ……。

損害保険協会の統計によると、障害保険金支払いの事故発生場所第一位は家庭内だという。
そう、災難は忘れた頃にやって来る……。

「三蔵っ!もう我慢できねー!」
半ケツになった悟浄が三蔵の両脚を抱えた時だった。
自分に覆いかぶさる紅い頭越しに、三蔵は迫りくるドアを見た――。

『木が倒れるぞー!』
目にも眩しい緑の光景。どこまでも澄みきった空気。頭上では小鳥たちがさえずる。
ああ、森林浴はいいな……。大木が木こりに切り倒される。
大木が……こっちに向かって……大木が……?

ドアが……こっちに向かって!
蝶番から外れたドアが底辺を軸にして倒れてきた。
がんっ!という音の後に「んぎゃっ!」という悟浄の悲鳴。
脳天にドアの一撃をまともにくらい、背中にドアを乗せたまま悟浄は三蔵の上に突っ伏した。
しばし気絶。
「お、重っ!悟浄……目ェ覚ましやがれ!」
三蔵は意識のない男の頬を両手でつねり引っ張り怒鳴り続けた。
「……う……いでで……いてーよ、三蔵!」
意識を取り戻した悟浄だったが、待っていたのは三蔵の理不尽な怒りだった。
「どうすんだ!ドアが壊れただろうが!」
「ああ?お前が蹴り壊したんじゃねーか!……てか、俺の身は心配しねぇのかよ!」
「この状況を作ったのはどこのどいつだっ!」
「オマエ……俺の言葉の後半、スルーしやがったな……」
「うるさい!これしきの事でゴキブリが死ぬか!」
「ひでェ……」
事実、風呂場のドアにはめ込まれているスリガラスは実はアクリルである。断然軽い素材である。
「おまけに……人をこんなカッコにさせといて……っ!」
「……」
「こんな……こんなカッコにしておきながら……」
上半身は背広ネクタイ、下半身はまっぱで大股開き。「こんなカッコ」はたしかにあんまりなカッコだった。しかも、ここにきてなおも三蔵自身は元気……。
「三蔵、お前……ドアが壊れて怒ってんの?それとも続きをヤリたくて怒ってんの?」
「両方に決まってんだろうがぁっっ!」
自分がいかなるいでたちであろうとも尊大な態度の三蔵に悟浄は、ああやっぱ全部俺が悪いんだわ、という気になる。
「わかった……とりあえず挿れる!」
「ふざけんな!ドア背負ったマヌケ河童にヤラせてたまるか!このボケっ!」
「だあーっ!どっちなんだよ!」
三蔵の怒りにもはや理由はない。怒りが怒りを呼ぶ怒涛のループ。
「泣かす!ぜってー泣かすっ!」
泣きたいのは悟浄の方であった。


時は真夜中。
半ケツと全ケツの男たちの攻防は終わらない。
まさに、
シャワーの中に馬鹿二匹……。

「「うるせぇよ!!」」

                                              
END

ウォッシャブル・スーツの広告を見たある方の53萌え妄想をお借りしました。
いやもうホントすみません!な駄文で、世の中のすべての二次文字書きさんを心の底から尊敬しましたよ・・・。二次は難しい。

[2008年 7月 18日]