パリ市内の住宅地にほど近い小さな商店街。少々寂れたその通りに小ぢんまりとした菓子店はあった。古い店舗ではあるが、女性が好みそうなまるでドールハウスのような佇まい。おそらくこの界隈に菓子店は此処しかないだろう。かと言ってさほど儲かっているようにも見えない。目抜き通りに建っているわけではないのだ。立地の悪さゆえ、まさに細々と商売を続けていた。


  その菓子店の角を曲がった所に、運送会社のロゴが入った一台のワンボックスカーが停まっている。車内では暗がりの中4人の男たちが頭を突き合わせていた。
「時間は?」
「18時51分20秒」
「全員時計を合わせろ」
 4人の時計が一斉にリセットされた。

 10月31日、ハロウィンの夜である。この小さな商店街でも幽霊や魔女の格好をした子供たちが行き交っている。何処かのクラブでハロウィンパーティがあるのかもしれない。子供たちだけでなく仮装した若者の歩く姿もあった。
  そしてまた、車内の4人も馬鹿げた衣装に身を包んでいた。
「そろそろ時間だ――キャンディ」
「オーケイ、先陣行くわね」
 ドクロの面をしたハリーに促されキャンディは車から降りた。悪魔の翼と尻尾を揺らしてスキップをしながら菓子店へと入っていく。
 その姿を見届けて運転席からルカがぼやいた。
「で、何で俺が運転担当なわけ?」
「おめーが加わるとすぐ銃ぶっ放すだろ。こんなちっこい店で必要以上に騒ぎ起こしたくねえっつーの」
 血の気の多いルカは興奮すると何をするかわからない危険な男だ。アクセルに釘を刺され、ルカは舌打ちを零す。
「そのちっこい菓子屋がどーして今回の獲物なんだよ……。ブライアント一味の名が泣くぜ?」

 ブライアント一味――。正確には誰も彼らの素性を知らない。フランスのみならずヨーロッパ中に現れる神出鬼没の窃盗団。彼らは主に企業の公には出来ない隠し金庫を狙った。情報戦に長けたハリーが正確な情報を集め、緻密な下調べをする。そして大胆不敵な行動。盗まれた金が世間には知られたくない金であることから被害届を出せない企業もある。また届けを出してもパリ市警は彼らの尻尾を掴めないでいた。警察がこの窃盗団についてわかっている事といえば、メンバーは4人の若者たちである事、一人は女である事、そして首領は髪の長い男である事……。それだけだった。
 そんな彼らが今回何故小さな菓子店を狙ったのか。事の始まりは一週間前に遡る――。




「お前さんに仕事を依頼したい」
 そう老人は切り出した。
 老人の名はゾーイ。本名ではない。別名“白ふくろう”と呼ばれる、表向きはナイトクラブやレストラン、幾つもの娯楽施設を持つ実業家だが、その実態は裏社会を牛耳るマフィアの大ボスだった。
 目の前に居る、自分の孫と言ってもいいほど年下のハリーをゾーイは高く評価していた。
「ターゲットは菓子店『ラ・メール』。此処の菓子を残らず全部盗んできてほしい」
「なんだって!?」
 前代未聞の依頼にハリーは開いた口が塞がらない。金でも金塊でも宝石でもなく、ただの菓子とは……。
「あんたの目的は何だ、白ふくろう」
 だいたい、ハリーは誰からの依頼も請け負わない主義だ。
「あの菓子屋はピノー・ファミリーの店だ。ちょいとばかりピノーに灸を据えたい事があってな。あんな小さい店だ、菓子を全部持っていかれたら多少は困るだろうよ。流血は望んじゃいねえ、ささやかな説教代わりだ」
 そんな子供じみた盗み、と言いかけたハリーの言葉をゾーイは遮った。
「……ブライアント、お前さんとは古い付き合いだ。わしはお前さんの腕をかってるし信頼もしている。誰にでも任せられるわけじゃねえ。折しもハロウィンのシーズンだ。鮮やかに菓子を頂戴してきてくれ」
「……報酬は」
「戦利品の一割ではどうだね?」
「ふざけるな!」
「それだけじゃダメか?……じゃ、元パリ市警警視副長官の横領した金が眠る金庫の暗証番号も付けるか。狙ってるんだろう?」
 何故ゾーイがそんな事を知っているのか――。ハリーはその疑問を口にしかけてやめた。この裏社会のボスはパリ市警と裏で深く繋がっているのだ。おそらく元警視副長官ともだ。
  そしてゾーイに情報をリークされるに値する理由があったのだろう。たとえば裏切り……。礼節と人情を重んじるゾーイは裏切り行為に対して容赦がない。
「最初からそれがエサか……。確かな情報なんだろうな?」
 礼節を重んじるゾーイなら曖昧な情報ではないだろう。食えない老人だが、悪党なりに筋が通った男なのだ。
「商談成立だな。ハリー・ブライアントのお手並み拝見といこうか」




 車内ではまだアクセルとルカが冗談を言ってふざけ合っている。
「――よし、二人ともお喋りはそこまでだ。アクセル」
「いつでもいいぜ!」
 アクセルは楽しくて堪らないといった面持ちで魔法使いの帽子をかぶり直した。
  二人は車を降り、アクセルが前に立って歩き出す。まっすぐ店へと向いながらショーウインドウから中をリサーチする。店内には学生と思しき若い女と中年の太った女の客が二人だけ。そしてショーケースを覗き込んでいるキャンディの姿と店頭に女の店員が一人。そして奥には店長とパティシェの、男二人が居るはずだ。
  アクセルが勢いよくドアを開けた。店員の“いらっしゃいませ”の声に迎えられる。二人は大股で店の中央まで進むとコートの陰から隠し持っていた小銃を構えた。
「全員その場から動くな!」
 ハリーの声を合図に、それまでお客のフリをしていたキャンディも服の中から拳銃を出して店員に向ける。
「これはホールドアップだ。みんな手を頭の後ろにまわせ」
 だが店員も客も茫然と立ち尽くしているだけだった。菓子選びをしていたところに武装した男たちが入ってきた、という状況に思考がついていかないのだ。
 キャンディが天井に向けて引き金を引いた。耳をつんざく銃声に、我に返った女たちが悲鳴を上げる。
「オモチャじゃないのよ!わかる?言う通りにしなさい!」
  銃声に驚いて奥から店長とパティシェが駆け付ける。アクセルがすかさず彼らに銃口を向けた。
「さあ、聞こえたろ?手は頭の後ろだ、さっさとしな」
 3人の菓子店の人間と二人の買い物客はようやく弾かれたように手を上げた。
  キャンディが入り口に駆け寄ってドアにかけてあるプレートを“閉店”にし、すべてのウインドウのロールカーテンを下ろす。
「売上金なら全部出します。どうかお客様には危害を加えないでください!」
 店長が声を震わせてハリーに懇願した。
「金はいい。この店にある菓子全部をよこせ。あんたらがこの袋に詰めるんだ」
  その言葉にアクセルが大きなキャンバス地の袋を数枚、彼らの足元に放った。店の3人は慌てて袋を手に取る。
「あんまり時間がねえんだ、てきぱきやろうぜ!忘れんなよ?銃口は常にお客サマの頭を狙っているからな!」
  ハリーは二人の客を床に座らせた。中年の女が小さな声で“お助け下さい神様”と繰り返し呟いている。
 小さな店でも菓子の量は多かった。ハロウィンに向けて多めに用意されていたのかもしれない。ショーケースの中も後ろの壁の棚も、菓子という菓子は片っ端から袋に放り込まれた。ケーキ類は女性店員が専用ボックスに箱詰めする。
「おい、パティシェ。厨房にも出来上がっている菓子があるだろう?」
「は、はい……。くるみの焼き菓子とマロンパイが……」
「それも持ってこい。――お前が付いて行け」
 短くアクセルに命じ、パティシェはアクセルの銃に背中を押されながら奥へと消えた。
「7分経過」
 キャンディが腕時計にチラと目をやりハリーに告げる。
 菓子によっては簡単に袋に放り込めない物があるから厄介だ。クリームを使ったケーキ類は、出来るだけ崩れないように扱わなければならないためどうしても時間がかかってしまう。焼きたての菓子にしても同様である。
 その間、ハリーは全員の携帯電話を集めた。客の一人に命じ電池パックを抜かせる。店内の固定電話はナイフでコードを切断した。通信手段を断てば逃走の際、時間稼ぎが出来るだろう。
 厨房の菓子を袋に詰め終えた頃、さらに3分が経過していた。
「諸君の協力に感謝する」
 最後にハリーがそう言い残し、3人は店を出た。

「ぴったりじゃん!」
 ちょうどのタイミングで目の前に現れたワンボックスカーのドアを開ければ、中からルカが楽しげに声をかけてきた。3人は“獲物”の詰まった袋を次々に車内に押し込み、ハリーが最後に乗り込むと車はフルスピードで発進した。
 この後は追跡されてない事を確認してゾーイに指定されたアジトに向かう。“獲物”を引き渡せば今夜はそれで終了だ。
「楽しかったぁ!ねえこのお菓子、此処から一割くれるのよね?」
「店は下調べしてあった通り、菓子の量もまあまあ想定内、時間も予定通りだし、今夜は大成功じゃねェ?ハリー」
 だが、仲間の上機嫌をよそに、ハリーは心の何処かに引っかかりを感じていた。




  翌日、アクセルのアパートで4人が目覚めたのは、もう午前も遅い時間だった。
  昨夜はあのまま4人で此処に転がり込み、追跡の手がない事を確認して分け前の菓子を食べた。いい大人のくせに中身は子供だな、とはしゃぐ3人を横眼で眺めながら最年長のハリー自身も梨のタルトを1ホール平らげていた。
「……結局さ、大した仕事じゃなかったって事だよな」
 ちょっと拍子抜け、と言いながらルカはテレビのスイッチを入れる。
「だってターゲットは小さなお菓子屋さんよ?むしろちょっと可哀相だったわね」
 あんな平和な商店街で強盗に襲われるなど、あの場に居合わせた犯罪に縁遠い人々にはさぞ恐怖だったろう。
「本来は我々がやるような仕事じゃないんだ。スムーズに事が運んだのは当然だ」
「でもさあ、仕事っつーよりゲームみたいだったよな。結構楽しかったね」
 アクセルがコーヒーを淹れながらそんな風に言った。普段狙うのは警戒厳重な金庫、そして目も眩むような大金が獲物のブライアント一味にしてみれば、昨夜のヤマは仕事というより余興のようなものである。
「お!ニュースやってるぜ」
 ルカの声に全員テレビに目を向けた。

『昨夜午後6時55分頃、パリ市内の菓子店に3人組の強盗が押し入り、店内にあったすべての菓子製品が奪われる事件がありました』

画面には昨夜襲撃した菓子店が映し出されていた。警察の姿は何処にもない。

『その場に居合わせた5人に怪我はありませんでした。なお、犯人グループは男二人、女一人でハロウィンの仮装をしており……』

「女じゃなくてオカマだって」
 ルカが笑うと隣に居たキャンディがうるさいと睨んだ。

『……被害に遭った菓子店は10区にある“ラ・メール”。パリ市内で十数ヶ所もの商業施設の運営を手掛けるゾーイ氏の所有する店舗で……』

「はあっ!?」

  4人が一斉に素っ頓狂な声を上げた。
「い、今何つった……?」
「ゾーイの店?」
「ピノーの店への嫌がらせだったんじゃねえのか!?」

 被害に遭ったゾーイ氏側からのコメントです、というアナウンスの後に、インタビューを受ける紳士然とした男が画面に映し出された。ゾーイの弁護士で、何度か代理人という形でマスコミに登場している男である。

『今回は突然の事件に対して多くの方々にご心配をおかけしました。心からお詫び申し上げます。犯人グループにつきましてはプロの犯行とは思えず、おそらく当店のお菓子が食べたかっただけの貧しい一市民の出来心だと我々は推測しています』

「はあぁっ!?」

『幸い怪我人も出ておりませんし、我々としましてはこれ以上の捜査を打ち切るよう警察に申し入れています』
『犯人グループに対してのゾーイ氏の慈悲なのですね?』
 と、インタビュアー。
『はい。今回多くの貧しい人々の存在を深く考えさせられた、とゾーイ氏も申しております。豊かな国フランスが本当に豊かになるには、国民同士の助け合いが必要なのです』

「ちょ、ちょっと、何がどうなってこんな美談になるわけ?」
「貧しい一市民って言われたぞ?」
「プロの犯行とは思えないとも言われた!」
  茫然とする4人に追い打ちをかけるように、弁護士の話はまだ続きがあった。

『……よって、ささやかながら来るクリスマスに向けて“ラ・メール”から教会、孤児院、にお菓子のクリスマスプレゼントを無料配布する計画があります。お菓子の甘さで恵まれない人々が少しでも幸せになれますように』

「店の宣伝かいっ!」

 4人の叫びがシンクロした。




 その日の夕刻――。夕陽に赤く染まるポンヌフ橋に肩を並べた二人の男の姿があった。
 昼過ぎにハリーの元へゾーイから直々に電話があり此処に呼び出されたのだ。その頃にはアクセルたち3人の感情は、展開の馬鹿馬鹿しさから怒りよりも笑いへと変わっていた。陳腐なシナリオと、それに踊らされた自分たちが可笑しくて堪らない。
「……嵌めやがったな?」
 咥えた煙草に火を寄せながらハリーは隣の老人に呟けば、老人は飄々とした笑みを零す。
「嵌める?何の事だ?わしは未だかつてお前さんに嘘を言った覚えはねえ。この先もだ」
 夕陽を見るためか、この橋は観光客で賑わっている。観光客に紛れて、二人からやや離れた所にゾーイのボディガードが3人、4人……。
「ピノーに灸を据える、だって?あんたの店だったんじゃないか」
「その話をお前さんにした時はまだピノーの物だったさ。その後結局状況が変わってな、買った」
 “状況が変わって”とは、まさに言葉は使いようである。そうなる事は予定にあったが、それを教えられなかっただけだ。
「あまり集客が見込めないような立地の古ぼけた店、あんたはどんなはした金で手に入れたんだか……。ただ同然で私に店を襲わせ、盗品も回収。マスコミと警察を利用して被害者ヅラするだけでなく、慈悲深い経営者と美味い菓子という印象を世間に植え付けてPR。おまけに慈善活動というおまけも付ければ宣伝効果はバッチリだろうよ」
 それを聞いて老人は声を上げて笑った。
「忘れなさんな、わしは商人だ。この世は頭と金と運。異論はあるかね?」
 少しも悪びれないこの悪党に呆れ、つられてハリーも笑いが込み上げる。
「何処まで抜け目ないんだか……。とんだ三文芝居の片棒担がされたぜ」
「お前さんをおちょくるつもりはこれっぽっちもねえよ」
 そう言ってゾーイはコートのポケットから紙片を出しハリーに渡した。開いて見ると中には10桁もあろうかという数字。
「約束の暗証番号だ。間違いない番号だから信用しろ。……今回はありがとよ」
 セーヌ川を見つめたままゾーイが言えば、ハリーは鼻で笑って紙片をポケットに納めた。
「やめてくれ……、あんたの礼なんぞ気味が悪い」
 相変わらず愛想のないハリーにゾーイはニヤニヤ笑う。
「どうだった?わしが企画したハロウィンパーティは。お前さんの所のあのガキ共は喜んでいたんじゃないか?菓子の土産付きだしな」

 まったく……。

「……くだらん茶番だ」
 だが、3人のはしゃぐ姿が脳裏に蘇る。

 ガキだから、そりゃ楽しいだろうさ……。

「お前さんも、楽しかったろう?」
 確信に満ちた顔でゾーイに言われ、何だかどうでもよくなった。案外自分もガキなんだな、とハリーは思う。
「……まあな」
 そしてゾーイに見えないようにコートの襟の陰でそっと笑った。


Fin

「お菓子くれなきゃ悪戯するぞ」なんて、無邪気なようで立派な脅迫。では大人がやったらどうなるか・・・。そんな妄想をしたらこんな犯罪小話が生まれました。本編設定でハリーに強盗させるのはどうしても無理があったのでパラレルです;
実は管理人、ゾーイが好きなのです♪

[2010年 9月 30日]