ローレンがハリーの部下に加わる経緯でした。正式な辞令交付は後の話。
こんなふざけた採用や人事異動は実際の国防情報局ではやってませんよ。(たぶん)
[2010年 8月 9日]
その日、ハリー・ブライアント少佐は朝から憂鬱だった。 管理部のゴードンが執務ブースから退室して10分。ハリーはようやく冷めてきた頭で周りを見渡した。机の上に積んであった書類の山が崩れ、床一面書類で埋め尽くされている。こちらが乗り込んで行っての喧嘩なら最後は出て行くだけでいい。だが、押しかけて来られた挙句部屋が散乱しては片付けるのは自分だ。 ゴードンと任務のスケジュールの件で口論になった。つかみ合いすれすれの大喧嘩に発展するのはいつもの事だ。 ――あの男とはもう生物学的に、いや細胞レベルでそりが合わないのだ。 部屋には職員たちが何人も残っているが、皆今のハリーを恐れて執務ブースに近付こうとしない。仕方なく自分がぶちまけてしまった書類を片付け始めるとロバート・ブラウンが戸口から顔を覗かせた。 「お手伝いしましょうか?」 ハリーの無言を了承と受け取って床に跪き、共に書類を拾い集める。 「……ミスター・ゴードンの言い分は無茶だと、私も思います」 黙々と手を動かしながら、ブラウンは上司に語りかけた。 「このセクションの人手不足は深刻です。管理部はそれがわからないんですよ」 「……『君らの能力を疑う』とぬかしやがった。ヤツこそ脳みそがスカスカなんだ」 「少佐、これ以上の増員は不可能なんでしょうか?」 ブラウンの言う通りこの情報部は万年人員不足に悩まされていた。ハリーはことあるごとに増員の申請をしていたが、半月待たされた挙句回答はいつも同じ。 『君の部署に年間どれだけの経費がかかっていると思う?おまけに始末書の数も多過ぎだ。人手が欲しい?その前に経費節約の努力を示してくれたまえ。数字で』 いつも部下たちには給料に見合う働きをしろと言っている。求められる以上の結果も上げている。だが現場を知らない担当者から浪費するなと叩かれる始末であった。 それが、昨日になって人材部の部長直々電話があった。明日一人回すから面接をしてやってくれ、との事なのだ。 「よかったじゃないですか、どんな人でしょうね」 「――話がうますぎる。何か裏があるような気がする……」 「裏ですか?考え過ぎですよ、少佐」 ブラウンは笑い飛ばそうとしたが、上司の勘の良さを思い出し笑みが強張っていった。 ――考えれば考える程、ハリーは憂鬱だった。「かけたまえ、ローレン君」 ハリーは目の前で直立不動になっている青年に声をかけた。 人材部のミラー部長から名前だけしか聞いていない男の顔をまじまじと見る。青年というより少年といった風貌の小柄なやさ男。彼の目にハリーはどう映っているのか、ガチガチに緊張していた。 「深呼吸したまえ」 「は?深呼吸……でありますか?」 「そうだ。大きく」 ハリーに促され、青年が「すう、はあ」と呼吸すると彼の肩から力が抜けた。 「それでいい。捕虜の尋問じゃないんだ、楽にしろ」 青年が持参した経歴書に目を通す。若いわりにびっしりと列記された経歴にハリーは驚く。 「クリストファー・ローレン、現在25歳。ミネソタ州出身。地元の大学を首席で卒業。23歳でアメリカ国防情報局の採用試験を受け、筆記試験は満点で合格……か」 ハリーが簡単にそこまで経歴を読み上げると、興味を引かれた職員たちの視線が一斉に向けられた。一人また一人と、開け放たれた執務ブースの戸口に集まってくる。 「……現在は人材部だが、それまでに随分異動になっているな。その前が総務部……広報室にも居たのか?」 「本当は僕、事務ではなくて兵士になりたかったんです!」 突然、ハリーの言葉を奪うようにローレンが身を乗り出して訴えた。 「実は大学を卒業してすぐに陸軍に入隊したんです。室内授業ではいい成績でした。でも、屋外での実地訓練になるとドジばかり踏んで……」 「詳しく話してみろ」 「はい、えっと……例えば、拳銃の射撃訓練で20発中19発的に命中しまして……」 「凄いじゃないか」 「はい、でも隣の的に」 傍聴していた者たちの間から笑いが起こった。 なになに〜、面白い話してるんなら僕も呼んでよ!と、今まで部屋の隅でコンピューターに埋もれていたマグリットまでが笑いに誘われ出て来る。 「残りの1発はどうなった」 19発も隣の的に当てるのもなかなか出来る事ではない。奇妙な腕前に興味が湧く。 「近くに居た教官の帽子を撃ち落としました」 シン……と全員黙り込む。 「……君はウイリアム・テルか?」 「だって、すぐ後ろで急に怒鳴られてびっくりしてしまって……」 「それが原因で除隊になったんだな?」 「いえ……」 「まだ何かあるのか!」 「あの、ええと」 ローレンの歯切れの悪さに、ついにハリーの“苛立ちメーター”の針が振り切れる。 「言え!ここまで来たら洗いざらい吐くんだ!」 捕虜の尋問じゃないって自分で言ったくせに……とギャラリーの間からの呟きがローレンの耳に入った。ここ情報部で、おそらく尋問のエキスパートである目の前の男から逃れる事は出来ない。ローレンは観念した。 「はい……」 その日、クリストファー・ローレンは高度3,000メートル上空に居た。雲ひとつない青空だった。そして、降下用にフル装備した彼もまた青空に負けない程顔面蒼白であった。 「ちょ、ちょっと高く上がり過ぎじゃない?」 隣に座る男にこわごわ問えば男は盛大に鼻で笑う。 「なんだよローレン、まさか怖いってんじゃないだろうな」 「学業優秀な坊やはお空が怖いか?」 「ションベン漏らす前に帰ってママのおっぱいしゃぶってな!泣いてお願いすりゃ帰してもらえるぜ」 周りの仲間たちにゲラゲラ笑われローレンは力なく俯いた。空というものは見上げるからいいのであって、自ら昇るものではない。ましてやそこから落ちるなど言語道断である。……本当に漏らしそうだった。 かくして17名の荒くれ新米兵士たちを乗せた輸送機は高度4,000メートルに到達した。教官のジェンキンス軍曹がやおら立ち上がり、よく通るだみ声で新兵たちに罵声を浴びせる。 「貴様らはこれから地面に向かってダイブする!運が良けりゃ今夜も寝どこでマスがかける!空っぽの脳みそ絞って今までの訓練を思い出せ!チンカス野郎の意地を見せろ!」 チンカス野郎たちが声を揃えてイエッサー!と答える。17名が一列に並び、二人の教官補佐が兵士たちの装備を点検して回る。そしてついに輸送機のゲートが開いた。 高度4,000メートルの風を身体に受け、輸送機の耳をつんざくエンジン音を聞くとローレンの恐怖は最高潮に達した。列の最後尾で震える中、兵士たちが軍曹の号令で次々宙に飛び出して行く。 「……よし、次15番、行け!……次16番、行け!」 ――そしてついに。 「次17番、行け!」 行けと言われてもローレンの脚はぴくりとも動けない。 「どうした17番!さっさと飛ばんか!」 「ひいぃぃ!軍曹殿、出来ませんっ!」 「……なんだとぉ?」 2メートル近くもある大男がつかつかと目の前まで歩み寄ってローレンをギロリと睨んだ。補佐からチェックリストを受け取り名前を確認する。 「ほほぉ、これはこれはローレンお嬢ちゃんか。チンカスの中にマンカスが紛れていたとは驚きだ。お嬢ちゃん、とにかくとっとと飛び降りて俺の仕事を終わらせてくれんかね?」 軍曹は身を屈め、触れそうな程顔を近付けてくる。幼児に話しかけるような声色で、だが褐色の顔を怒りに歪ませ、目は狂犬の如くぎらついていた。 「僕、やめます!棄権します!このまま戻って下さってイイです!」 「貴様!それでも合衆国を守る男かっ!貴様のくされキンタマは飾りか?マスのかき過ぎで中身は空っぽか?いいからさっさと行かんか!」 「嫌です!出来ないったら出来ない!」 その瞬間、ジェンキンス軍曹は完全にキレた。 「……マンカス・ローレン……飽くまで俺の顔に泥を塗るつもりだな……?」 手にしたチェックリストを床に叩き付け、軍曹はローレンの襟首とベルトを掴んで降下口まで引きずっていった。 「つべこべ言わず潔く地面とファックしてこい!」 「うわあぁーっ!助けてー!」 ぽいっ!……と呑気な音が聞こえるように軽々と、いとも簡単に軍曹は小柄なローレンを空中に捨てた。だが、軍曹の手が離れる瞬間、ローレンは咄嗟に軍曹のズボンのベルトを掴んだのだ。二人の身体は繋がって宙に飛んだ。 スローモーションのような流れで、それでもあまりにも一瞬の出来事に、二人とも言葉を発する間もなかった……。 「軍曹ーっ!」 二人の教官補佐が駆け寄り下を見下ろすと、ローレンにしがみ付かれた軍曹が降下口の手摺に掴まってぶら下がっていた。 「俺を……俺を……殺す気かーっ!」 「たーすーけーてー!」 二人がかりで補佐たちが軍曹の腕を掴んで引き上げるが、大柄な軍曹に加えてローレンの重みで容易には上がらない。 「ローレン!手を離すんだ!このままでは軍曹が落ちる!」 「嫌だー!離したら落ちるー!」 「くそ!こ、こんなマンカスにこの俺が……!命令だ!俺から手を離せーっ!」 「いーやーだー!」 軍曹の身体がなんとか肘まで引き上げられた。最後の手段であった――。補佐が腕を伸ばし軍曹のズボンのベルトを外す。ジェンキンス軍曹の穿いているズボンがひと回り大きなサイズだった事は、たぶん幸運だったろう。 かくしてズボンは下半身からするりと脱げ、ベルトとズボンと共にローレンの身体は軍曹から切り離された。 「どのヒモ引っ張るんですかあぁぁー!」 誰にもそれに答えられる暇はなかった。質問を叫びながらローレンの身体は時速200キロで緑の大地に向かい落ちて行った。 「――ズボンとベルトは後日、本人にお返ししました」 ローレンが語り終えた時、部屋の中は水を打ったように静まり返っていた。だが、一人また一人と手を叩き始め、やがて部屋は万雷の拍手に包まれた。 「大変な目に遭ったな……」 「はい、本当に死ぬかと思いました」 「君ではない、ジェンキンス軍曹だ。……いい加減手を叩くのをやめんか!馬鹿もの!」 今や執務ブースの中には居合わせた職員全員が揃っていた。最初遠慮がちに戸口から覗いていた者も堂々と中に入り、ある者はしゃがみ込み、ある者は自分の椅子を持ち込んで座っている。“あの少佐が面接をしているらしい”との噂を聞きつけ、隣の部署の職員まで集まっていた。何故か皆が飲み物を手にし、マグリットが菓子を次々に回している。今やブライアント少佐の執務ブースはテレビショーの公開収録の様相を成していた。 「私、今の話を聞いた事があります。ジェンキンス軍曹の不死身伝説ですね。……そうか、君がその時の……」 「伝説化してるのか……?」 ブラウンの言葉にハリーはげんなりと顔を上げた。 「……で、引っ張るヒモはわかったのか?……って、今こうして居るんだから愚問か」 「その次の日、『もう二度と陸軍の敷居は跨ぐな』って言われました……」 目に涙を浮かべ、消え入りそうな声でローレンが言う。 正しい判断だろう――ハリーはそう思った。このチキンな青年が居るといつか必ず陸軍には犠牲者が出る。そして何もそれは陸軍に限った話ではない。この分だとローレンは行く先々で事件を引き起こす可能性があるのだ。人ごとではない。 冗談じゃねえぞ……。 ギャラリーの笑いを余所に、ハリーの額に汗が浮かんだ。 「短期間に異動が多いな。そこでは何をやった」 正直、聞くのが恐ろしいが逃げるわけにはいかない。 「いえ、大した事は……」 「……拷問されたいか?」 「こっ……広報室に居た頃、記者陣に間違えて一年前の資料を渡してしまいました!そ、それからマスコミに発表予定の原稿を前の日に消去してしまいました!あと、室長のポルシェを借りてホワイトハウスに行った帰り、事故ってオシャカにしちゃいました!それだけですー!拷問はやめてー!」 周囲からどっと笑いが起こり、ハリーは大きくため息をついた。 「それから……?」 「ハイ……あの、総務部では情報局長官が立ち寄られた際、コーヒーを出す時つまずいて頭からぶちまけてしまいました。……一発で総務部を追い出されました」 部屋中にどよめきが起こった。 「その人物はこの組織の頂点に居る人で、統合参謀本部の幕僚だって事は知っているか?」 「知ってます」 声もなくハリーは両手で頭を抱えた。 「なるほど、『裏』ですか……」 ブラウンがしみじみと呟いた。 「今居る人材部では何をやったんだ?」 「今のところ管理部のゴードンさんの膝にコーヒーポットをひっくり返しただけです」 わっはっは!と一同大爆笑になった。そんな中、ハリーだけは二コリともせず頷く。 「……よくやった、ローレン君」 「僕、今度何かやったら売店勤務だそうです……」 そう言ったきり、ローレンは俯いて黙り込んでしまった。重苦しい沈黙が流れる。ローレンを気の毒がるようなため息がギャラリーのあちらこちらで上がる。 「君の武勇伝の数々はわかった。今度は君の長所を挙げてみろ」 「僕の……長所、ですか?」 「そうだ。主観で構わない。自分のウリを私にアピールしてみろ」 この将校は、重箱の隅をつついてなけなしの美点を聞いてくれるらしい。おそらく9割がた自分は不採用だろう。それでも与えられた一握のチャンスに、ローレンは最後の望みを託して懸命に考えた。 「あっ!僕、お年寄りに好かれます!」 その途端、ハリーの目が点になる。 「そいつは良かったな。で?」 呆れられたであろう冷やかな眼差しを感じて、ローレンは慌てて言葉を継ぎ足した。 「子供にも懐かれます!知らない子供からよくお菓子を貰うんです。それから動物にも!」 「癒しキャラだねぇ、福祉や教育現場では重宝がられるよ」 マグリットはスナック菓子を摘まみながらそう微笑んだ。だが、ハリーは厳しい目でローレンに告げる。 「ローレン君、はっきり言っておこう。君がどこまで知っているかわからないがこの部署は過酷だ。とくに私のチームは少数である分一人一人の仕事量が多い。海外での任務は頻繁にある。世間であまり関わりたくないような人間たちとも接触する。もちろん危険は付き物だ。怖いだの嫌だの言う奴が居られる所じゃない。……そういう仕事に、君は自分が向いていると思うか?」 「……ある程度は知ってるし覚悟は出来てます。身体は小さいですが体力には自信があります!仕事も頑張って覚えます!……少佐!」 身を乗り出して熱くなるローレンに、デスクからハリーも身を乗り出した。 「マグリットが言うように福祉や教育現場の方が君に向くと、私も思う。君は自分の意志で採用試験を受けたんだな?……なぜ国防の仕事にこだわるんだ?」 その途端、ローレンの目は燃えるように輝いた。 「僕、この国が好きなんです……。アメリカ国民に生まれて誇りに思うんです。子供の頃から夢だった兵士には向かないってわかったけど、それでも僕は自分が生まれたこの国を守りたい!微々たる力かもしれないけど、国を守る一員でいたいんです!」 その場に居る誰も口を挟めなかった。 「ただ自分の国を守りたいから――そんな、そんな理由じゃだめですか?そんな事、弱虫の僕が言ってはいけないですか?少佐、お願いします。僕をここに置いて下さい!」 この部屋に入ってからずっとおどおどしていた青年とは思えない強い語気。必死な顔で、真剣な眼差しで、ローレンはハリーに縋り付かんばかりに訴えた。 「なんでもやります!二度と怖いなんて言って逃げませんから!きっと役に立ってみせます!お願いします少佐!お願いします!」 何度も頭を下げる青年を、ハリーは言葉もなく見つめていた。「――意外でしたよ、少佐」 自動販売機の中で紙コップにコーヒーが注がれる様子を見つめたまま、ブラウンはハリーに声をかけた。 昼食後、上司の後ろ姿を見つけ休憩所まで追ってきた。ハリーはコーヒーと灰皿を手に窓際で煙草に火を点けている。 「人材部にまんまと嵌められたと思いませんか?」 ハリーは口元に皮肉めいた笑みを浮かべた。 「まあ、どう見ても人材部で余していたんだろうな。『そういえばブライアントが人を欲しがっていたな。よし、あいつに押し付けちまえ』……ミラー部長のにやにや笑いが見えるようだ」 「わかっていて嵌められてやったんですか……。いいんですか?」 「それはねロバート、情ってやつだよ」 その声に振り返ると、いつの間にかマグリットが後ろの自動販売機でドリンクを買っているところだった。 「僕も驚いたな。少佐が坊やの熱意にほだされるなんてねー」 ハリーに対して挑発的な言葉を言えるのはマグリットだけである。だがハリーはそれに含み笑いで返した。 「馬鹿言え、そんなんじゃない」 三人が窓際に揃ったところでハリーは言葉を続けた。 「経歴書の中身は申し分のない内容だ。奴は5ヶ国語話せる。おまけに電子・機械の専門的な学問も受けている。凄まじい体験談には眩暈がしたけどな。適材適所ってやつだ、上手く使ってやれば伸びるかもしれん」 「それだけですかぁ?」 少佐は即戦力になる人材を欲しがっていたはずだ。だからこそ意外な思いは拭えない。マグリットはからかうような視線を向けてみたが、ハリーの顔には笑いがなかった。 「うちは人的情報部門だ。人対人なんだ。あの男が短時間で人を惹き付けていたのに気が付かないか?」 座り込んで、茶まで飲みながら面接を観戦していたたくさんのギャラリー。仕事をさぼって面白い話を楽しんでいただけだと思っていたのに、最後には皆口笛を吹き手を叩いていたのだ。 「最大の理由は……お前の言う通りかもしれんな、マグリット。ほだされたわけではないが、奴の熱意だ。国を守りたい――あいつは3回も繰り返したぞ。単純にして最強の志望動機だろ。お前たち、青臭いって笑うなよ?ああいう気持ちは凄く大切な事なんだ」 「彼、少佐に足向けて寝られませんね」 言ってマグリットは笑ったが、ブラウンの不安はまだ消えない。 「……ですが、こんな事言ったら彼に悪いけど、ある意味疫病神ではないですか。二人の人間を殺しかけたんですよ?トラブルメーカーでしょう。少佐の身が心配です」 「何を言う。自分の心配をしろ。ローレンはお前が面倒見るんだ」 「えええ!ワタシ?」 思いもよらない指名にブラウンは一瞬貧血を起こしそうだった。 「どこにでも連れて行って仕事を教えてやれ。調査対象が年寄りや子供だったら奴にも手伝わせろ。車は運転させるな。高級車には触らせるな。的に当てられるようになるまで銃も持たせるな。それから来客へのお茶も、ゴードン以外はお前が出せ。自分の身は自分で守れ。わかったな?」 「何ですか!それ!少佐が自分で面倒見て下さいよ!」 「私は忙しい」 一言でブラウンを切り捨てると、ハリーは煙草をもみ消し空の紙コップをゴミ箱に放り込んで歩き出した。 「トラブルメーカーをムードメーカーに育ててミラーのオヤジを悔しがらせろ」 振り向いて念押しをするとそのまま歩いて行った。 「なんだかんだ言って、根に持ってたんだねえ……」 マグリットが後ろ姿を見送りながら笑う。 「結局、私が一番大変なんじゃないか……」 貧乏くじを引いてしまういつものパターンにうんざりして呟くと、マグリットがひとつ大きくブラウンの肩を叩いた。 「少佐がきたない策士なのは今さらでしょ。ま、良く言えば信頼ってやつだね」 そして、おどけるような足取りでハリーの後を追う。 「ロバート、大丈夫だよ。僕らみんな手を貸すから」 ブラウンは二人の背中を見つめていたが、やがて諦めて自分も後に続く。少し可笑しくなって笑った。先程のローレンの顔を思い出す。 席を用意しておいてやるから明日の朝9時に来るように――ハリーがそう告げた時、沸き上がるギャラリーの歓声の中、ローレンは礼の言葉も言えない程茫然としていた。 そして次の瞬間――彼は泣き出す寸前の子供の顔をしたのだった。END
ローレンがハリーの部下に加わる経緯でした。正式な辞令交付は後の話。
こんなふざけた採用や人事異動は実際の国防情報局ではやってませんよ。(たぶん)
[2010年 8月 9日]