朝から降り続いていた雪は昼には小降りになり、いったんやんだ後夕方になって再びちらつきだした。東海岸は例年より初雪が早く、12月の末でワシントンD.C.はすっかり雪景色になっていた。
 ハリーはふと、自宅周辺の積雪が気になった。歩道と敷地の境界から玄関まで結構な距離がある。おそらく、あの几帳面な庭師は僅かな積雪でもきれいに除雪するのだろう。それを思うとあまり積もらないでくれる事を祈った。
「聞いているのか?ブライアント少佐」
 ゴードンの苛立った声にハリーの意識はワシントンD.C.の自宅からペンタゴンのオフィスに引き戻された。
「あんたが垂れ流す愚痴ならさっきから聞いてるさ」
 大いに棘を含んだ返事にゴードンはぐっと息を飲み、苦労して冷静さを取り戻すと受けた棘以上の棘を返してきた。
「今日は何月何日かわかるか?うっかり忘れていたなら教えてやろう。12月31日だ。クリスマスも終わり明日から新年、世間はとっくに休みに入ってる。ペンタゴンの職員のほとんどは今頃家族団らんの真っ最中か南の島でバカンスを楽しんでいるはずだ。それなのに君のチームときたら……」
 ゴードンの嫌味を聞き流し、ハリーは黙々と手元の書類にペンを走らせる。話の腰を折られない事に気をよくしたゴードンは、ここからが本題だと言わんばかりに強弱を付けながら文句を吐き出した。
「どうしていつも狙ったようにクリスマスに忙しいんだ?先々を予測して仕事を調整するって事が出来ないのか?君らは良くてもそのせいで管理部は残務処理が長引くんだぞ。付き合わされる私の身にもなってみろ」
 さらに言葉を続けようとゴードンが息継ぎをした時、ハリーは勢いよく彼の鼻先に書類の束を突き出した。
「ほら、書いたぞ、特別時間外勤務申請書と報告書。言いたい事言って気が済んだらこれ持ってさっさと帰るんだな」
 ゴードンは書類をひったくるとハリーをギロリと睨み、記入に不備がないか食い入るようにチェックし始めた。
「とにかく、来年はもっと早く仕事を切り上げてまともなクリスマス休暇を取るよう心掛けてほしいものだ」
 書類の確認を済ませたゴードンは最後にそう言い捨て、そそくさとハリーのオフィスから出て行った。
「相変わらず自分本位の人だなぁ」
 ゴードンが退室するとマグリットが苦笑した。
「年末ギリギリまで任務が続いたのは少佐のせいではないのに。現場をわかってないんですね」
 普段温和なブラウンでさえも顔を顰める。
「あの男の頭で現場を理解しろというのは無理な話だ。世界中のスパイや犯罪者がクリスマスを避けて事を起こすなら、うちだけでなくFBIもCIAも州警察も、さぞ優雅なクリスマスを過ごせるだろうよ」
 とはいえ、ゴードンの不満も尤もであった。ペンタゴンの職員は管理職を除いて大半が23日から休暇を取っている。ゴードンは溜まっている有給を使って年末年始に長い休暇を取りたかったところ、ハリーの部署に合わせて事務整理のため飛び石休暇となってしまったのである。
「もう5時か……。お前たち、もう上がっていいぞ」
 今年も残すところあと7時間。彼らにも家族や友人が居る。短い時間になってしまったが、せめて少しでも早く家族の元に帰してやりたいとハリーは思った。
 ローレンはミネアポリスの実家に帰省。ブラウンは恋人の実家で彼女の両親を交えてのディナー。そしてマグリットはネット仲間とゲームのイベントに参加。それらは昨日聞いた情報だった。
「31日ギリギリになったが今年の仕事はこれで何とか終了だ。短い休暇だがみんな楽しんでこい」
「少佐は?どう過ごされるんです?今年もパリに行けませんでしたね」
 少し顔を曇らせてブラウンが問いかけた。
「私か?家でビールでも飲みながら一人でゴロゴロするさ」
 一瞬の沈黙の後、ローレンは口をへの字にして責めるように言う。
「少佐ぁ、そんなの寂し過ぎます。クリスマスも仕事で年末まで仕事で、やっと休みになるのに一人で過ごすんですか?」
 その哀しみと怒りが混ざったような顔にハリーは苦笑で答えた。
「いつも人に囲まれてるんだ。数日間一人気ままな時間だなんて、こんな贅沢ないだろ」
「でも……」
「いいんだよ、私は。一人で居るのが好きなんだ」
 言いながらノートパソコンの電源を入れると今度はマグリットが目を丸くした。
「何してるんです?まさかこれから仕事?」
「報告書をまとめてDIA(国防情報局)本部に行って打合せしてくる。それが終わらないと私の休暇は始まらない」
 こんな日こんな時間でも本部は動いている。報告書を書くのも1月以降の打合せをするのもこの部署の責任者であるハリーの役目であり、誰も彼の代わりは出来ない。手伝いを買って出る事も出来ず、部下たちは押し黙るしかなかった。
 どこか沈痛な面持ちの部下たちに、ハリーはひとつ大きなため息をついて言った。
「いいからお前たちはさっさと帰れ。ずっとここに居られると仕事にならん。いい休暇を過ごせ。今年一年ご苦労だった」
「少佐も本当にお疲れさまでした」
「年明けは4日からだ。今年はこれにて解散。──以上だ」


 部下たちを追い出した後、ハリーは黙々とキーを叩き続けた。今まで何度もオフィスに一人残る事はあったが、今日はとくに部屋が広く感じる。廊下も静かで、このフロア自体残っている職員は僅かであった。
 本当は今月半ばには着手していた案件が落ち着くはずだった。しかし、ひとたび事が動き出せば日曜もホリディも関係ない。最後の最後までハリーと彼のチームは奔走し、それでも年内に任務は完了した。
 米国の国防は眠らない。ペンタゴンもDIAも365日、24時間、世界中を監視している。ゴードンが言うような年末の仕事を調整するなど無理な話である。
 しかし、ハリーにはゴードンを非難する気にはなれなかった。現場を知らないのは仕方ない。彼は彼で自分に与えられた職務に忠実なだけなのだ。ハリーがそうであるように。
 とはいえ、ハリーも好きでこの時間まで仕事をしているわけではない。せめて、部下たちにはもっと早く休暇を与えたいと思っていた。12月に入ってからは曜日を忘れるほど仕事に追われ、彼らの疲れは日を追うごとに顔に表れていた。そんな中、休暇を求める声は一切上がらなかった。
「疲れた……」
 ハリーは目頭を押さえ立ち上がった。コーヒーサーバーから若干ぬるくなってしまったコーヒーをカップに注ぐ。
「あいつ、今頃何してるかな」
 彼は腕時計で時間を確認し、それに6時間を加算した。フランスではもう年が明けていた。今頃『ネオ・トリアノン』はカウントダウンで盛り上がった後、新年のパーティをやっているだろう。
 ハリーはクリスマスにパリに行くつもりだった。航空チケットも押さえていたが、アクセルには言わずにいた。先が読みづらく予定を立てにくい仕事なのだとアクセルも承知でも、行くと告げておいて行けなくなれば糠喜びさせる事になる。今となっては言わずにいて正解だったとハリーは思う。
 外国に住む一人の男に会いに行くより祖国の守りの方が重要だと信じて疑わない。だが、パリの賑やかさを、何よりあの心優しいバーテンダーの笑顔を思い出すと、その場に行けない事をハリーはあらためて残念に思った。

※ ※ ※
 ハリーが報告書をまとめ上げ、ワシントンD.C.のDIA本部で1月の任務について上層部と打合せをし、建物を出たのは午後10時近かった。  これで今年の仕事が終わったと実感した途端、ハリーは自分が空腹である事に気が付いた。報告書を打ち込みながらサンドイッチを1、2枚つまんだ程度である。どこかのレストランで夕食をとる事も考えたが、レイチェルに帰ってから食事をするから何か作り置きしてくれるよう頼んだ事を思い出し、そのまま真っ直ぐ車を走らせた。  ワシントンD.C.の閑静な古い住宅地にハリーの自宅はある。米国の首都、政治の中心であり世界に強大な影響力を持つ街の中において、その住宅地は普通の市民が普通に生活している地域であった。  木造二階建てのその家屋はいつからそこに建っているのか定かではない。100年以上前からあるという者も居る。  ハリーは幼少時代、両親とこの家で過ごした。父親が亡くなった後、大学の寮に入ったのを機にフランス人の母親は単身パリに戻った。その後ステファンが買い上げモンティエ商会の所有する不動産となり、そしてまたワシントンD.C.に戻ったハリーが買い取って現在は彼の名義となる。  この家の庭には見事な枝ぶりの樫の木があった。度々家主が変わる事もあって、昔から近隣の住人はこの家を家主の名ではなく、オークハウスと呼んでいた。  日中この家の主になるのは、留守がちなハリーに代わり通いで家を管理する初老の夫婦だ。家の内外にある膨大な植物を管理する庭師のジョンと、家事一切を切り盛りする妻のレイチェルはモンティエ商会が所有する頃からの管理人だった。  夕方まで断続的に降っていた雪は、今はやんでいた。  車が家の前に着き、ハリーは一人で住むには大きすぎる自分の家を見上げる。広い家に住みたかったわけではない。もともとは家族で暮らす事を前提に叔父のステファンから買い取った。そんな人生設計を失って何年も経つが、だからといってハリーには早急にここを引き払う理由も今は見つけられないでいた。  待つ人の居ない自分の家。一人を、ハリーは寂しいとは思わない。仕事のついでに私生活があるような暮らしを、彼はもう10年近く送っていた。 「寒い……」  夜も更けて冷え込みは一層厳しさを増していた。辺りはシンと静まり返っている。  ガレージを出て玄関までの長いアプローチを歩く。雪が屋外灯を反射して辺りを明るく照らしていた。アプローチは几帳面なジョンによってきれいに除雪されていた。その上にその後降った雪がうっすら積もっている。  足元に視線を落として歩いていたハリーはふと足を止めた。 ──何か変だ。  雪の上に感じる違和感。屋外灯に照らされたアプローチを見つめる。  複数の足跡があった。一人や二人が何度か往復したものではない。様々な靴底、様々な大きさ。しかも玄関に向かうものがほとんどで、敷地から出ていく足跡が極端に少なかった。雪は夕方まで降っていたがそれ以降は降っていない。つまり、夜になって複数の人間がこの家に来たという事である。  ハリーはもう一度家を見た。ジョンもレイチェルも日中ここでの仕事を終わらせ、とっくに帰宅しているはずだ。誰も居ないはずの家は闇に包まれていた。  玄関ドアのノブに手をかける。鍵は開いていた。  ワシントンD.C.は犯罪率が高い。この住宅地は閑静とはいえ空き巣や強盗がないとは言えない。警報装置は作動しなかったのか。管理人が在宅時に賊が押し入ったか。最悪の可能性がハリーの脳裏に浮かんだ。  ハリーは懐に手を入れると革のホルスターからブローニングを抜き、セーフティロックを解除した。──彼の中で眠っていた戦闘本能が目を覚ました。  ハリーが音をたてずドアを開け中に入ると家の中は明かりひとつなかった。  敵が潜む家屋に潜入する任務は何度もある。しかし、自分の家に銃を手にして忍び込む事になるとは、彼は夢にも思っていなかった。  深くゆっくり呼吸し耳を澄ます。リビングのドアの前に立つとどんな音も聞き逃さぬよう、彼は全身の神経を聴覚に集中させた。ゆっくりドアノブを回す。  人の気配があった。微かな呼吸音。この家のものではない匂い──。複数の人間がリビングに居るのは明らかだった。何人居るかはわからない。武器を所持しているかどうかも不明である。  ハリーはブローニングを両手で持ち直した。頼りはこの小さな拳銃だけ。弾丸がフルに入っている事は確認済みだ。脇をしめ銃を顔の前で構えると、ハリーは肩でゆっくりドアを押し開く。彼の全神経が極限まで張りつめた。  リビングの闇に眼が慣れる一瞬前、突然天井の照明が点いた。急な強い光にハリーの目が眩む。咄嗟に重心を低くし前方に銃を向けた瞬間──。 「お帰りなさーい!」  男たちの陽気で図太い声が広いリビングに響き渡った。声の正体は、数時間前に別れたばかりの自分の部下たち、ペンタゴンの職員、DIA本部の情報局員。その数およそ20人。  皆口々にイエーイ!と歓声を上げ拍手する。彼らは満面の笑顔でこの家の主を迎えた。 「何だ、これは……」  この状況を理解できないハリーが銃を構えたまま固まっていると、ローレンが歩み寄ってきてハリーの頭上目がけクラッカーをパン!と鳴らした。クラッカーから飛び出したテープが茫然とするハリーの顔に垂れかかった。 「驚かせてすみません。最初は普通にお迎えするつもりだったんですけど、誰かがどうせならびっくりさせようって言い出しましてね」 「そんな事を……訊いてるんじゃなくて……」  弁明するペンタゴンの職員の言葉に、ハリーはようやく銃を下した。ついでに頭からぶら下がったテープを払いのける。 「君らがどうして私の家に居るのかと訊いているんだ」 「パーティのためよ」  キッチンの奥から料理を運んで現れたレイチェルがそれに答えた。 「お帰りなさい、ハリー。お腹空いたでしょう?もう少しでお肉が焼けるから手を洗ってらっしゃい」  そう言いながら、この家の家事を担うレイチェル・ベイカーは豊満な身体を揺らしながら皆にカナッペを配って回る。 「パーティ?何の!」 「ニューイヤーのカウントダウン・パーティに決まってるでしょ?」 「はあっ!?」  よく見るとリビングのテーブルには料理や飲み物やグラスが所狭しと並べられていた。 「夕方、帰ろうと思っていたらブラウンさんから電話があってね、この家でパーティは出来ないかって相談があったのよ。それであなたが帰ってくる前に大急ぎで準備したの」  嬉々として語るレイチェルにハリーは頭を抱えた。 「首謀者は誰だ!」  はーい!と、まったく悪びれずマグリットとローレンが手を上げる。 「そもそも、何でお前らがここに居るんだ。3人とも今夜は予定があったはずだろ。ローレン、ミネアポリスに帰ったんじゃないのか?」 「あの、飛行機の時間を勘違いしていて、それでその……乗り遅れました」 「ブラウン、彼女の家族とディナーだろ!」 「アニーのお父さんに急用が出来まして、明日に変更に」 「マグリット、お前は!」 「ネットゲームのイベントよりこっちの方が面白そうだから」  彼らの言い訳にハリーは絶句し、やがて大きなため息を吐いた。 「まったく、揃いも揃って下手な嘘を……」 「少佐、いつもありがとうございます」  ブラウンが静かに言った。 「何だ、突然。気色悪いな」  文句を言われる心当たりなら山ほどあるが、ハリーは部下に礼を言われる覚えはまったくなかった。現に一年の最後の日まで彼らをぎりぎりまでこき使ったのだ。しかし──。 「普段は僕らの事なんて知らん顔でいるくせに、でも本当は自分の事はいつも後回し……。僕らの事より少しは自分も楽しんでくださいね」  マグリットがそう指摘すればローレンもそれに同調する。 「それに少佐は働き過ぎですよう。せめてもっと身体を休めてください」  思いがけない部下たちの言葉にハリーが返答に窮していると、後ろから他の職員たちの声が飛んだ。 「ねえ、早いとこ乾杯しちゃいましょう!」 「もうシャンパン注いで待ってるよー!」 「パーティ!パーティ!」  背後からのパーティコールにハリーは笑いがこみあげてきた。 「そうか、そんなに私を心配してくれていたとは思わなかった。このパーティを企画したのも私のためなんだな……。ありがとう諸君、感謝する」  3人の部下と職員たちはニヤニヤ笑いを浮かべている。 「──と、言うとでも思ったか?」  ハリーは大きく息を吸い込み、声を張り上げた。 「お前らがパーティをやりたいだけだろうが!」 「当たり前じゃないですか!」  20名全員の叫びが大合唱となって返ってきた。  パーティに集まった人数はあっという間に膨れ上がった。  乾杯をした直後、レイチェルの夫のジョン・ベイカーが娘夫婦と訪れ、DIAの他の職員が遅れて到着し、夜の街に繰り出していたペンタゴンの若い職員たちが流れて来た。 『ブライアント少佐の自宅でパーティ中』という情報は、彼らのメールであっという間に拡散される事となり、ハリーは米国情報機関の個人ネットワークの威力を嫌というほど思い知る。 「一体、今この家に何人居るんだ……いや、いい。聞きたくない」  ブラウンが律儀に報告しようとしたがハリーはそれを制した。 「私もこんなに集まるとは思っていませんでした。少佐の自宅でパーティって事がよっぽど物珍しかったのかもしれませんね」 「ペンタゴンの連中がこんなにお祭り好きだとは知らなかったぜ」  或る者は料理を手土産に訪れ、また或る者は酒を箱で持ち込み、誰かが大量のピザを注文した。リビングのオーディオは24時間ダンスナンバーを流すラジオがかけられ、男も女も皆思い思いに踊っている。 「でも、みんな心底楽しそうですよ。いい事じゃありませんか」 「ここは私の家だぞ……」  ハリーが苦々しい顔でシャンパンを飲み干すと、ブラウンは笑いながらおかわりを注いだ。  時刻は間もなく0時になろうとしていた。ラジオはいったん消され、代わりにテレビが入れられる。CNNがアメリカ各地の今の様子を中継で結び、画面にはニューヨークのタイムズスクエアの賑わいとワシントンD.C.のホワイトハウス前が交互に映し出されていた。  0時まであと10秒。CNNキャスターがカウントダウンを始め、リビングに集った皆が声を合わせて秒読みする。 「……5、4、3、2、1!──ハッピー・ニューイヤー!」  歓声が上がりクラッカーが鳴らされた。隣に居る者と抱き合い、皆が始まったばかりの新しい年を祝った。  リビングの盛り上がりを静かに見ていたハリーのズボンのポケットで携帯が振動した。 『ハッピー・ニューイヤァー!』  いきなりの英語。陽気な声。その発音は意外と正確でハリーは些か驚いた。 「電話しようと思っていたんだ。今どこだ?」  電話の向うはアップテンポの音楽が鳴り、大勢の人々の笑い声が聞こえていた。 『信じられねぇ事にまだ店だよ』 「そっちはもう朝だろ?まだニューイヤー・パーティやってるのか?」 『経営者がお開き宣言しないもんだからさ、暇なお客がまだ帰らないのよ。あんたこそ今どこ?こっちより賑やかじゃねえ?』  リビングは歓声と乾杯のかけ声が続いていた。自分の家があの『ネオ・トリアノン』より賑やかという事態にハリーは苦笑する。 「自宅だが、帰ったら国防総省のパーティ・ゲリラに占拠されていた。──そのままちょっと待て」  ハリーはアクセルに一言断ると、壁際に居る二人の若いDIA職員を怒鳴りつけた。 「馬鹿野郎!DJなんか呼ぶな!この家をクラブにする気か!」  電話中でも耳に飛び込んできたとんでもない企みを阻止しなければ、隣近所を騒音に巻き込んで迷惑をかけるところだった。二人の若い職員は、ちぇっ、とばかりに肩をすくめた。  ハリーは騒がしい場所からリビングに隣接したサンルームに避難した。生物学者である母親が研究と趣味を兼ねて作ったガラス張りのジャングルだ。  携帯を耳に戻すと、電話口でアクセルが爆笑していた。 『もしかしたら外国で仕事か、家に居ても一人寂しい思いをしてるんじゃないかって思ったけど、安心したよ』 「別に一人が寂しいわけじゃないさ。疲れて帰ったらこの騒ぎなんだぞ」 『みんなに愛されてるねぇ』  しみじみと、心底嬉しそうにアクセルは言う。それにハリーはかぶりを振った。 「奴らはここをパーティ会場に利用したいだけさ」 『素直じゃないな、ハリー。そうじゃないって事、本当はわかっているんだろ?』  普段は軽口を叩くアクセルに鋭く見抜かれて、ハリーは一瞬言葉に詰まった。  その時、リビングから『蛍の光』が聞こえてきた。テレビの演奏に合わせ、全員が声を揃えて歌いだす。マグリットがおどけて指揮者を務め、皆が隣の者と肩を組みリズムに合わせて身体を揺らしていた。  ここに親友の手がある。  ここに僕らは手をとる。  僕らは良き友情の杯を飲み干すんだ。  古き昔のために。 『あんたにはいい仲間が居る。そうだろ?』  同じ目的のためにそれぞれの部署で汗を流す者同士。仕事の内容も、性別や年齢や肌の色も違うが、皆同じ国旗の下で同じ願いを抱いて働いている。  ここに集い、孤独な自分を輪の中に引っ張り込んでくれた仲間たち。今夜のこの笑顔のままで彼らと再び一年共に過ごせるように、とハリーは願う。 「……ああ、そうさ。いい仲間なんだ」  部下たちと何人かの職員がハリーと目が合い、彼らは歌いながら笑顔で“早く来いよ”と手招きをした。  ワシントンD.C.の新しい年が始まる。
END

ワシントンD.C.のゆく年くる年。
「蛍の光」の原曲はスコットランドの民謡「オールド・ラング・サイン(Auld Lang Syne)」。友情の歌で、欧米では年明けの時に歌われます。
ハリーの自宅の設定は、実はかなり古くからありました。

[2015年 1月 31日]