「あー、嬉し……」
 物音ひとつしない静かな夜。悟浄が金色の髪を弄りながらぽつりと呟いた。
 夜というより夜明けが近い時刻。それでも霜月ともなれば辺りは闇色一色で、太陽が訪れるのはまだ先──。
 そして今は静かでも、つい数分前までは二人分の荒い息遣いとベッドの軋む音がこの粗末な部屋を満たしていた。
「なに一人で喜んでるんだ、気色悪ィ」
 事が済んでも自分のベッドへ帰らず、いつまでも背中にへばり付いては飽きずに髪を弄る男がさすがに鬱陶しくなり、三蔵はため息のついでに言葉を吐き出した。
「だあってさあ、俺の誕生日に三蔵サマが自分の肉体を差し出してくれるなんて。ごじょ、幸せ」
「差し出した覚えはねえな。てめぇが寒いとか言って強引に抱き付いてきただけだろが」
 男同士で肌をまさぐり合う事に意味などない。あるとするなら、例えば殺し過ぎた日の夜。高ぶる気持ちと身体を鎮静させるため。そして、今夜のようにほとんど暖房のない部屋で冷えた身体を温めるため。悟浄とのセックスは、三蔵にとってはそれくらいしか意味を見出せなかった。
 背後の男がまだ戻る気配はないとみて、眠る事を諦めた三蔵はサイドテーブルに手を伸ばし煙草に火を点けた。
「……なんか、苦労がにじみ出た手してんなぁ」
 煙草を吸う一連の動作を黙って見ていた悟浄が、三蔵の手を取ってしげしげ観察し始める。
「指の腹とか固くなってんな。人差し指なんか特に」
 手の皮が固くなるほど、指が節くれてしまうほど、三蔵は長年銃を握り続けたという事だ。引き金のひと引きひと引きの積み重ねが多くの死体を積み上げてきた。その手は、そうして生きざるを得なかった半生を物語る。
「銃なんか坊主が持つものじゃねーだろ……」
 ぽつりと独り言のように呟いて、悟浄はそれきり何も言わなかった。


 最後に町を出てから荒涼とした大地が続いた。
 砂漠を走ること数週間。その間に水と食料はほとんど尽きた。砂漠を抜けると険しい山道が続く。しばらく妖怪の刺客は襲ってこないものの、彼ら4人にとって空腹と寒さが最大の敵だった。
「肉まん、春巻、餃子、炒飯……」
「ビール、煙草、女……」
「うるせぇ……静かに食え」
 残り少ない缶詰を4人で分け合いながらの夕食。大の男4人の、特に悟空の胃袋を満たすにはそれだけではあまりにも少なく、森の中を駆けずり回って集めた木の実やキノコも皿に盛られた。
「──でもよ、胃袋猿じゃなくてもこれじゃ俺ら餓死しちまうぜ。八戒、まだ町には着けねえのか?」
「ええ、一応この地図によると山の麓に小さな町があるんですが……。妖怪に襲撃されてゴーストタウンになってなければいいんですけどね」
 西へと進むにつれ、負の波動の影響が広がっている。あてにしていた町が無くなっているというのはよくある事だった。
「いずれにしてもこの気候だ、これ以上野宿が続いたら体力がもたねぇ。明日は先を急ぐぞ」
 三蔵の言葉に一同は頷いた。

 2日後の夕方、一行は目指す町へと到着した。心配していた妖怪の襲撃はないようだ。町は長閑そのもので4人は胸をなで下ろした。
 そこは歓楽街も気の利いた店もなく町というより小さな集落だったが、かろうじて飯屋を有した宿が一軒ありチェックインする。
「あーっ!悟浄、それは俺のシュウマイだろっ!」
「はあ?なんでお前のなんだよ!こういうのは先に食った奴の物だっつの!」
「きたねえぞ!この腐れゴキブリ!変態ゴキブリ!汚物ゴキブリ!」
「ンだと?バカ猿!このイケメン悟浄さんを汚物呼ばわりしやがって……」
「やかましいっ!お前らいい加減にしやがれ!」
 久しぶりにまともな食事にありつき、三蔵のハリセンに力が入る。悟空と悟浄が仲良くテーブルに撃沈した。
 とにかく、ここしばらくは何日も野宿続きで走り通しだったため、一行は食料の調達も含めて2、3日滞在する事になった。
「俺、ちょっくら出かけてくるわ」
 一足先に食事を終えた悟浄が席を立つ。
「何処にです?この町には飲み屋の類いはありませんよ?」
「そんなんじゃねえよ、ちょっとした買い物。じゃーな!」
 ヒラヒラと手を振って飯屋を出ていく悟浄の背中を見送りながら、八戒はポツリと呟く。
「買い物って、この町に悟浄が欲しい物なんてあるんでしょうか……」
「さあな……。何企んでいるのか知らんが、ほっとけ」
 興味ない、とばかりに三蔵は新聞を広げた。

 夜出かけると必ずと言っていいほど朝帰りの悟浄だったが、三蔵の予想に反し小一時間で宿に帰ってきた。尤も、この町には夜遊び出来るような所はなく、酒を飲むなどましてや女を買えるような店もない。
 だが、深夜──。三蔵がふと目を覚ますと、隣の部屋から悟浄が出ていく物音が聞こえた。ドアが開き廊下を歩く足音が遠ざかっていく。煙草を吸いに外に出たか、水を飲みにか……。しかし、いつまで経っても悟浄が部屋に戻る気配はなかった。
「何コソコソしてやがる、あの馬鹿……」
 隣の男の様子が気になって眠れない自分に腹が立つものの、やがて三蔵は眠りに落ちた。

 翌朝──。
「三蔵、居るかー?」
 朝食後それぞれの部屋に戻った後、ノックもそこそこに悟浄が三蔵の部屋に入ってきた。
「あのよ……これ、お前にやるわ」
 悟浄はズボンのポケットから無造作に出した物を三蔵に差し出す。
「……何だ?これ」
 それは小さなプラスチック片だった。“C”の字に丸まった透明のプラスチックにパステル調の色が付けられている。三蔵はそれを摘み上げ光にかざしながら様々な角度で眺めるが、それが何なのかさっぱりわからなかった。
「一応指輪なんだけど」
「指輪ぁ!?」
 言われてもう一度しげしげとプラスチック片を見るが納得出来ない。
「指輪ったって、輪っかになってないじゃねぇか」
「繋がってないのはフリーサイズ対応って事なの」
「ふーん、なるほどな。……いらねえ」
 言うなり、三蔵はそれを放り投げた。プラスチックの指輪は弧を描き、部屋の隅に置かれたゴミ箱に。……入る寸前で悟浄の手のひらがそれをキャッチした。
「ナ〜イスキャッチ!……じゃねえ!何しやがるんだよ、クソ坊主!」
「男の俺に指輪寄越すてめえこそ喧嘩売ってんのか!?なんで俺がお前からそんなもの貰わなきゃならねえんだ!気色悪ィ!」
「ああ俺は気色悪ィよ!自分でもマジでキモイわ!そんなこたぁわかってるけどお前のために作ったんだから捨てるなよ!」
「……作った?」
 悟浄のまくしたてるその言葉に、三蔵の怒りが急速にダウンしていく。
「今日、誕生日だろ?」
「あ……」
 やっぱり忘れてたか──と悟浄は小さく呟いて頭をガシガシとかいた。
「本当はもっといい物プレゼントしたかったけど、ここんとこ野宿続きで金はねぇわ稼げねぇわ、やっと町に寄れたと思ってもクソど田舎で気の利いた店なんかねぇわ。それで宿にあった雑誌にプラバン指輪の作り方載ってたから、この材料くらいなら文具屋で手に入るからさ。ゆうべ宿の厨房借りて作業して、出来上がったら朝だったぜ」
 食後一人で出かけたのは文具屋で材料を買うため。夜中戻らなかったのはずっと厨房に居たからだったと、三蔵は納得した。
「プラバン……?」
 聞いた事もない言葉だ。
「そ。工作用のプラスチック板って売ってるのよ。それをこういう形に切って、模様描いて……」
 怒りを鞘に納めてくれた、というより怒る事を忘れた三蔵に悟浄は楽しげに説明する。
「あとはオーブンで焼いたらこういう形になるってわけ」
 身振り手振りで嬉しそうに喋る悟浄の手に目が留まった。
──火傷だらけじゃねぇか……。
 指先だけじゃなく手首にも腕にも、おそらくオーブンに触れたのであろう赤い筋。夜明けまでの数時間、熱さに悲鳴を上げながらプラスチックを成型していた男の姿が目に浮かんで、三蔵は何も言えなくなった。
 すっかり毒気を削がれた三蔵がもう一度指輪を手に取って見る。
「へったくそ……!歪んでるじゃねぇか」
「あー……まあ、それでも17個目にして一番マシなヤツなのよ」
「ダイヤくらい入れろ、ケチな奴だな」
「だから金ねえっつーの!てか、ダイヤなんか何処で買えるってんだよ!」
「指輪なんか銃を撃つ時邪魔なだけだ。俺はつけねぇからな」
「結構細いからそんなに邪魔にはならねーだろ?してくれたら嬉しいけど、それはアンタに任せる」
「まったく、どうせならこんな女がするものじゃなくて他に思い付かなかったのかよ。柄にもねぇ事しやがって、何処の乙女だてめーは」
 三蔵が渋々でも受け取ってくれたと理解して、あとはどんなに罵られようとも悟浄はニヤニヤするばかりだった。

 その夜、三蔵はベッドの中で指輪を眺めていた。
 ナイトテーブルの明かりを点け、光にかざして見る。透明な素材に淡く色付けされた指輪は不恰好ながらも綺麗だった。
 最初、指輪と聞いた時は駄菓子のおまけかと三蔵は思った。こんな子供だまし、何の嫌がらせかと。だが、わざと素っ気ない渡し方をして、それが照れ隠しだという事は見え見えだ。
 それにしても、悟浄は一体どういうつもりでこれを作ったのだろうか。
 本来、指輪とは男から女に贈る物であって、それは愛の告白であり何かの約束を取り付ける意味がある。男同士で贈り合う物ではない。愛などない、まして立場的にも今の状況においても何の約束も出来ない間柄だ。

『……なんか、苦労がにじみ出た手してんなぁ』

 いつか悟浄に言われた言葉を思い出した。銃を握り続ける荒れた手を飾ってやろうという事なのか。
「こんな血で汚れた手を飾って何になる。馬鹿か、あいつは……」
 不恰好な中指に不恰好な指輪をはめると、サイズが大きくてそれは根本でくるくる回った。


 食料をたっぷり買い込み、十分な休息をとって町を出て走ること数日──。
「あー、暇だぁ!最近妖怪の襲撃もねえし、身体鈍りそう!」
 しりとりも尽き、悟浄とひと騒ぎしてハリセンを何発も食らった。食事も休憩もまだ先で退屈しきった悟空が大きなため息をつく。
「もしかしたら、妖怪サンたちの間では三蔵一行のブームも終わったんじゃねーの?俺たち、飽きられた?」
 悟浄も悟空に同調すれば、助手席から三蔵がめんどくさそうに口を挟む。
「飽きてくれりゃ御の字だ。余計な邪魔が入らないとそれだけ早く西に着けるからな」
 その時、ぬるい風が吹き何かの気配を運んできた。
「悟空が呼ぶから……来ましたよ、お客さん」
 八戒がジープを停める。前方の岩山から現れた、おびただしい数の妖怪。
「三蔵一行!経文を渡してもらおうかぁ!」
「おー、ひっさびさのフレーズ」
「そして描写のし甲斐がない雑魚ばかりですねぇ。行きます?」
「モチ!晩メシ前の軽い運動といこうぜっ!」
「10分で片付けてやる……」
 悟空を先頭に彼らは駆け出した。

 4人は散り散りになって妖怪たちを捌く。岩の起伏が激しくてそれぞれの姿は見えないが、悟空の如意棒が空を切る音が、悟浄の錫杖の鎖の音が、そして妖怪たちの悲鳴があちこちから聞こえている。
 今回も数を頼りの妖怪たちだ。武器といえば刃を振りかざすばかりで何の戦術もない。次々と三蔵の放つ銃弾に倒れていった。
 最後の一人に銃弾を見舞って三蔵は大きく息を吐く。他の3人も大体片付いたらしく、岩山の向うはだいぶ静かになっていた。ジープに戻るべく踵を返したその時──。
 背後の岩から小石が転がり落ちてきた。三蔵はハッとして振り返る。
「死ね!玄奘三蔵!!」
 小高い岩山から、一人の妖怪が大刀を構えて三蔵の頭を目がけ飛び降りてきた。
──しまった!まだ居たのか!
 大刀を避けきれず、咄嗟に手にした銃で刃を受け止めた。金属同士の激しい衝突で手が痺れ、銃が手から叩き落された。

 ぱきっ。

 手の中で小さな音がした。
 それが何の音なのか三蔵が理解した時、頭の中で何かが切れた。
 妖怪は再び大刀を振り下ろす。三蔵は地面を転がり、すれすれで刃を避けた。そして態勢を立て直しざまに落ちていた銃を拾い上げ、妖怪に銃口を向けた。
 真正面からS&Wが火を噴く。眉間に一発──。呻きを上げる間もなく、妖怪は地に倒れた。それだけで納まらず心臓にもう一発。そして腹にも一発。
 そこで弾はなくなるも、薬莢を捨て新たな弾をこめてまた撃つ。
「三蔵、そっち終わっ……」
 自分の方をすべて片付けた悟浄が様子を見に来た時、三蔵は憑りつかれたように引き金を引いていた。
「何してんだ三蔵!もうよせ!」
 だが悟浄の声が聞こえてないかのように、三蔵は撃つのをやめない。
「やめろっ!」
 銃を握る手首を掴んで引き上げられ、そこで三蔵は我に返った。
「もう……とっくに死んでるって」
 間近にある悟浄の顔を見て、三蔵の瞳から燃えるような殺意の光が消えていく。ゆっくりまばたきをすればようやく冷静さが戻ってきた。
 その時、掴み上げた三蔵の手のひらとアームカバーの隙間から何かが転がり落ちた。悟浄が地面に落ちたものを拾い上げると、それは半分に折れたプラスチックの指輪だった。
「……つけてくれてたんだ」
 悟浄を含め誰にも気付かれぬように、アームカバーの下の中指にはめていた指輪。大刀で銃を叩き落された時、その強い衝撃にプラスチックは耐えられなかった。
「折れちゃったか……。やっぱプラスチックじゃもろいよなぁ」
 指輪の欠片を三蔵の手のひらに返し、悟浄は頭をかいて苦笑った。
「こんなのじゃなくて、そのうちちゃんとした指輪買ってやるからさ、な?」
「いらねえよ……」
「光る石が入ったやつで、プラチナのとか……」
「指輪なんかいらねえつってんだろ!」
 怒鳴る三蔵の顔を見て悟浄は驚く。怒りではなく、何故かそこに悲しみを感じて──返す言葉が出なかった。
「行くぞ」
 茫然とする悟浄の傍らをすり抜けて、三蔵はジープへと歩き出す。その後ろ姿には先刻の悲しみの影は微塵もなかった。

 それから数か月後──。一行は大きな町に立ち寄った。歓楽街や娯楽施設がある、町というよりむしろ都市という規模だ。
 三蔵はそこで悟浄から新たな指輪を贈られた。
「ゆうべカードで大儲けしてさ!もー自分でも怖いくらいのツキだったぜ。だから、その金でアンタに仕切り直しの誕生日プレゼント。綺麗だろ?」
 多分これがプラチナというものだろう。透かし彫りの凝ったデザインでいくつか石がはまっている、見るからに高価そうな物だった。
「いらねえって言っただろ。こんな無駄遣いしやがって」
 三蔵は、憎まれ口を利きながらも悟浄にそれを突き返す事はしなかった。
 だが旅の間、三蔵がそれを指にはめる事は一度もなかった。


※  ※  ※
──あれから何年経っただろう。  程よく暖房が利いた暖かな執務室。山積みの書類を前にして、三蔵は旅をしていた頃を思い出していた。  牛魔王の蘇生実験を阻止し経文を奪還して長安に戻ったのは2年前。負の波動による妖怪の暴走は止まり、世の中に平安が戻った。“三蔵一行”は解散し4人はそれぞれ自分の道を歩き出した。  三蔵は旅に出る前の生活に戻った。相変わらず慶雲院の最高責任者として面倒な仕事に追われている。それに加え、旅の途中で手に入れた貴重な経文を翻訳する作業。翻訳は生涯かけて続くものと覚悟しているが、慶雲院に関してはそろそろ此処を離れるべきではないかと思い始めていた。  筆を置いて法衣の袂を探り、取り出した煙草を咥えて火を点ける。窓の外を見れば月が煌々と輝いてだいぶ空気が冷え込んできているようだ。  こんな寒い静かな夜は、悟浄と過ごしたあの夜を思い出す。  荒れた手を見て「苦労がにじみ出ている」と言った悟浄の気持ちを、三蔵自身本当は知っていた。お互いの本心を知っていながら知らないふりを、彼らは長い間演じていた。  紫檀の仕事机の引き出しを開ける。一番奥に押しやっていた小箱の蓋を開け、プラスチックの欠片を取り出した。  まるで女児のままごとセットみたいな安っぽい指輪。半分に折れてしまった2個の欠片を合わせると、それはぴったり合わさる。歪んではいるがやはり綺麗だと、三蔵は思った。  悟浄の火傷だらけの手と、受け取った時の嬉しそうな顔が蘇る──。  コンコン……  窓ガラスを叩く音に、三蔵は慌てて指輪を引き出しに突っ込んだ。  悟浄が窓枠にしがみついて窓を指さし“開けて”と口を動かしている。ちっ!と小さく舌打ちをして鍵を開けてやれば、悟浄が外の冷気と共に入ってきた。 「うおー!さぶさぶっ!今夜は冷えるぜ!」 「さっさと閉めろ、寒い」  悟浄は今でも時折こうして窓辺に現れる。やって来る時間が大体深夜のため、正面玄関から入る事は滅多にない。やって来ては一緒に酒を飲み、たわいもない話をし、そして抱き合った。 「さっき何か隠したでしょ、机ん中に」  指摘されて三蔵の胸がドキリと鳴る。 「……何でもねえよ」 「もしかしてエロ本?」 「テメェと一緒にすんな」  悟浄は楽しそうに笑うと持参した袋を机に置いた。 「ハッピーバースデー三蔵!今夜は飲もうぜ」 「……覚えてやがったか」 「あったりまえでしょ!いい酒手に入れたのよ。それとケーキと、豆大福と、栗最中と……」 「大吟醸に菓子かよ。ひでぇ取り合わせだな」  こんな風に、寺の儀式ではなく三蔵という一人の男の誕生を祝う者は、もう悟浄しか居なかった。  旅が終わると悟空は、今度は自分のための旅に一人飛び立っていった。いつか居なくなる日が来るとわかっていたものの、何処かそれを寂しいと感じる自分が居る事を、三蔵は素直に認めていた。 『バカ猿が居ないと、アンタ寂しいでしょ?』  そんな勝手な理由で寺を訪れる悟浄も、同居人が職を見つけて家を出ていき孤独になった身だ。  自分たちは取り残された者同士だ、と三蔵は思う。  世の中も周りの人間も変わっていく中で、自分たちだけが変わらずそこに佇んでいる。すべてが終わった今、自分がこだわり続けた「意味」や「言い訳」は何のためのものなのか。 「こんな冷える夜は熱燗……と言いたいとこだけど、これはやっぱ冷やだよな」 「冷酒用のいいグラスがある」  最近檀家から贈られた美しいグラスがあった事を思い出し、三蔵は棚から出して戻ると──悟浄は机の引き出しを開け、茫然とした顔で中を見つめていた。 「てめっ!なに勝手に開けて……」 「これ……」  三蔵が引き出しを押さえようとするより早く、悟浄がプラスチック片を摘み上げた。 「まだ持ってくれてたんだ……。俺てっきり、あの時捨てたんだと……」 「それは……」 ──捨てられるはずがない。あの火傷だらけの手を見て厄介な想いを背負い込んでからは。 「三蔵、これ直させて」  からかってくるとばかり思っていた悟浄の目は真剣だった。 「強力な接着剤使えばしっかりくっつくし、その部分を立体的な模様にしたら継ぎ目には見えなくなると思う。な?」  結果的に取り残された者同士なら「意味」も「言い訳」も、もう必要ない。そして今の平穏な世の中で、三蔵が銃を握る事はなかった。 「……それが直ったら、今度こそちゃんとつけてやる。これからずっと」  悟浄の顔がみるみるうちに歪んでいく。そして、泣いているような笑顔になって、三蔵を力いっぱい抱きしめた。
指輪

以前ツイッターで最遊記ファンサイト『行先不明』のそういちさんと一緒に妄想したプラバン指輪の53小話でした。
写真の指輪はそういちさんが作って送ってくださった物です。ガラケーカメラで酷い画質ですが、実物はとっても綺麗なんですよ♪

[2013年 11月29日]