ステファンからハリーまで、5人が迎えるそれぞれのクリスマスイヴをリレー形式で追いました。
5話目の設定にある事件等はフィクションです。
[2013年 1月 7日]
19:10 ハリー 「こちらイーグル・アイ、これより着陸体勢に入る」 『了解、イーグル・アイ。H36に着陸許可。誘導灯とイルミネーションを間違えるなよ?』 管制塔との通信を切った後、パイロットが笑いながら俺に言った。 「上空から懐かしの“我が家”を見下ろすと街全体がクリスマスツリーみたいですね、少佐」 輸送機が空軍基地に着陸すると、ロバート・ブラウンが車で迎えに来ていた。そのまま真っ直ぐペンタゴンに向かう。 2週間ぶりに戻る街は雪景色だった。吐く息は白く、吸い込む空気はキンと冷たい。俺は12月が冬である事をようやく思い出した。 「砂漠はどうでした?」 「どうもこうも、最悪だ」 「国連の介入も意味がありませんか……」 実態がはっきりしない殺し合いだった。二人の男の政権争いに端を発した紛争は、宗教的解釈の論争まで発展し、軍事組織のみならず一般国民の自発的な暴力行為にまでエスカレートしていた。 滞在中、1週間に2度自爆テロが起こった。突然首都の中心部で起こった爆発に、危うく巻き込まれるところだった。普通の主婦が爆弾を抱いてバスに乗り込むような異常性。人々を狂気に駆り立てるのは純粋な怒りと憎悪だ。 毎日のように人が死んでいる。それは自国民だけではない。連合軍の兵士からも死者が出ていた。20代から30代の若い命が犠牲になっている。勿論、アメリカ人も含まれていた。 自分のオフィスに戻ると部下が全員揃っていた。現地から送ったデータを元に部下たちは俺の留守中も調査に追われていた。特にそれを分析するマグリットの仕事量は膨大なはずだ。 「進展はあったか?」 コートも脱がず真っ先にマグリットの席に行ってそう問えば、優秀な情報分析官はパソコンのディスプレイから顔を上げてにんまり笑った。 「少佐が送ってくれたコード、解読したら面白いものが出てきましたよ。見て下さい、いわゆる納品書と帳簿です」 マグリットの肩越しにディスプレイを覗き込む。複数の帳簿に、日付けと多額の金の出入りと内訳、相手の口座名がぎっしり並んでいた。 「少佐がマークしていたあのスンニ派の官僚ですね。それと例の議員の隠し口座」 「最新の米国製小銃がこんなに……」 一緒にディスプレイを覗き込んでいたブラウンとローレンが口々に呟く。 そもそもは、米国が極秘に開発していたミサイルが中東に流出している件について調査していた。米国軍部の協力がないとこの機密を盗み出すのは不可能だ。つまり、自分の国を売っている者が居る。本当の敵は身内に潜んでいるという事は初めからわかっていた。 「大統領を納得させられるだけの証拠を揃えろ」 「了解。美味しそうな罠を仕掛けましょう。“お客さん”がノってきたら逆ハックします」 執務ブースに入ってドアを閉めた。コートを脱いで椅子に深く腰を下ろす。2週間に渡る過酷な地での任務と長旅。正直、疲れた。 他国の紛争に米国の元議員が関与している。しかも軍内部に共犯者が何人も居て、組織的な犯行になっていた。これが証明され明るみに出ると大騒ぎになるだろう。 一部の人間の私利私欲が、自国の若い兵士の命を奪う事に繋がっている。虚しくて後味が悪くて、疲れるばかりの任務だ。 俺は報告書を書くためノートパソコンを開けた。スーツのポケットに入れっぱなしになっていた携帯を取り出す。その時になって初めて着信ランプが点滅している事に気付いた。 着信は1時間前、相手はアクセルだった。すぐにかけ直すと2コールで電話が繋がった。 『うわぁ、ハリー!今どこ?』 電話を待っていたのだろう、息せききった弾む声。思わず口元がほころぶ。 「出張に行ってて今ペンタゴンに戻ったところだ。悪いな、電話に気付くのが遅くなった」 『いいんだよ。クリスマスなのに忙しいんだな』 「ああ。誰かに押し付けようと思ったら、みんなクリスマス休暇を取ってて逃げ損なった」 勿論冗談だ。アクセルも、あははと笑う。俺もつられて笑ってしまった。 『でもさ、今日はクリスマスだぜ?働き者にはきっとサンタがプレゼントくれるって!』 アクセルらしい楽天的な慰めだ。そんな奴の明るい声を聞いていると、さっきまでの疲れがどこかに消え気持ちが浮上してくるようだ。 「お前は?何してた?」 『俺?今日は店でクリスマスパーティだったんだ。キャンディは実家に帰ったけど、それ以外のみんなはここに居るぜ』 今アクセルは『ネオ・トリアノン』に居るらしい。どうりでさっきから周りで人の気配がするわけだ。 『ちょっと、ハリーなんでしょ?あたしにも代わってよ!』 『ちょ、おま!何すんだよ!やめろって……』 何やら、電話の向こうでもめているらしい。言い争う声が聞こえゴソゴソとノイズが入った後、電話の相手が交代した。 『ハリー!あたし、わかるぅー?』 「ジョジョだろ?元気だったか?」 『きゃーっ!嬉しいわ!んもう、大好きよ!』 電話に直接キスする派手な音がして、背後でアクセルが抗議の叫びを上げている。また争う物音が続き、アクセルが携帯を奪還出来たかと思えば、今度は低音の声に代わった。 『ハリー、元気?仕事忙しいんですって?そっちに飛んでって手伝ってあげたいわ』 「ありがとうコニー。その気持ちだけで充分嬉しいよ」 『オカマの手が必要になったら言ってね。腕力はあなたに負けないわよ』 「かもな。覚えておこう」 笑ってそう答えると、電話の相手がまた代わる。 『ハリー、マリーよ』 「やあ、マリー。久しぶりだ」 『今夜はあなたが居なくて寂しかったわ。休暇が取れたらパリにいらっしゃいよ、みんな首を長くして待っているから』 「ああ、是非そうしたいな」 『ネオ・トリアノン』の陽気な人々の顔が脳裏によぎる。罵り合いながらも楽しく騒々しい彼らの日常が目に浮かんだ。 あんたたち、いい加減におし!と、後ろでレディ・ジョーの声がした。すぐ後に、まったく!というアクセルのぼやきが耳元で聞こえる。今度こそ携帯を取り戻せたんだろう。 『ごめんな、あんたからかけてくれた電話なのに。時間、やばくね?もう切っちゃう?』 「心配するな、まだ大丈夫だ」 『ちょっと待って、場所移るから』 と言いながらアクセルは移動しているようだ。ドアを開ける音と足音、そして周りは静かになった。 『地下の空き店舗の方に来た。あいつらうるせーからさ』 「みんなの声が聞けて嬉しかったさ」 『……なあ、疲れている?仕事、キツイのか?』 ふいに、そんな見透かされたように言われて、一瞬返す言葉を見失う。 「……ああ、少しな。でも大丈夫だ」 『休暇取れねえ?年が明けてからでもこっちに来いよ。あんたに美味いフランス料理を食わせて、ゆっくりさせてやりてえな……』 アクセルの声は優しく、そして少し悲しげだった。本当は、帰って来いと真っ先に言いたかったのかもしれない。俺の負担にならぬよう、自分の気持ちを言葉にする事は躊躇するくせに、こっちの心配ばかりする。 「今やってる仕事をやっつけたら休暇を取る」 『ホント?』 「……お前に会いたい」 滅多に口にしない言葉だ、わずかな沈黙にアクセルの驚きを感じる。そして奴は蕩けるような甘い声で、俺もだよ、と囁いた。 その時、ガラスの壁の向こうでマグリットが高く腕を突き上げ親指を立てた。俺と目が合うと得意満面の笑顔で、口を“ビンゴ”と動かした。 「もう切る。お呼びがかかった」 『うん。あんたに神の御加護を──メリークリスマス、ハリー』 「お前も。メリークリスマス」 この仕事において自分が出来る事はほんのちっぽけなものだろう。任務を遂行し事件を解決したところであの国が平和になるわけではない。 それでも、戦争資金と武器の流出のほんの一部を阻止する事によって、遠い国で命を落とす兵士と罪なき一般国民の数が少しは減るかもしれない。 あいつが笑うだけで、どんな暗がりの中でも希望を見つける事が出来る。そして、その笑顔を守るためなら俺は何でも出来る気がした。 執務ブースを出て部下の元へと向かいながら、俺は頭の中でパリ行きの飛行機に乗るための算段をした。Fin
ステファンからハリーまで、5人が迎えるそれぞれのクリスマスイヴをリレー形式で追いました。
5話目の設定にある事件等はフィクションです。
[2013年 1月 7日]