どんな馬鹿でも真実を語ることはできるが、
うまく嘘をつくことはかなり頭の働く人間でなければできない。
by.バトラー



 夏休みが終わって間もなくテスト週間に突入し、それも終わってやれやれと思ったら、学園祭のシーズンが来た。
 HRの時間にクラスでの出し物を何にするか話し合う。学級委員長がアイディアを募っても出て来る案はありきたりなものばかりだ。そんな退屈な話し合いの最中、俺はまったく別の事を考えていた。
──会える機会が少なくなったハリー先輩をいつ家に呼ぼう。
 ハリー先輩がバイトを引退した事で、彼に会えるのは朝の通学時のみになってしまった。勉強に忙しいだろうけど、暇を見つけて家に遊びに来てくれないかと俺は考えている。
 そのためには部屋を片付けなきゃならない。日頃レディ・ジョーから「自分の部屋くらい掃除しな!」と言われているが、掃除以前に俺の部屋はガラクタが多い。これを効率よく整理するには……。
 ふと、ひらめいた事を思わず口に出した。
「フリマは?全校生徒から不用品集めてさ。みんな部屋が片付くし、たくさんの人が集まって盛り上がるし、売上金は学校のために使えば学校側も喜んで協力してくれるだろうしさ、一石二鳥……いや、三鳥じゃねえ?」
 俺の提案に一瞬の沈黙の後、おおーっ!とクラス中がどよめいた。
 かくして、俺の不純な動機から生まれたアイディアは満場一致で採用された。ただ、ひとつ誤算だったのは、言い出しっぺという事で俺がフリーマーケット実行委員長になってしまったんだった。

 学園祭までの一週間、放課後になると学校中が準備に追われ活気づいていた。
 秀才ばかりが集まる進学校、勉強以外の事にはあまり力が入らないだろうと思っていたが大間違いだ。1年生から3年生まで、準備に勤しむ生徒たちは異様な熱気を放っていた。
 クラスごとの企画があるとはいえ、大半の生徒が部活に入っている。文化系の部活になるととくにそれぞれの展示があり、クラスよりもそっちが優先された。美術部、演劇部、軽音楽部、手芸部、写真部、アニメ同好会、天体観測同好会、等々。スポーツ系の部活もデモンストレーションを披露する所がある。学園祭は次年度の新入生へのPRも兼ねているのでみんな力が入っていた。
 クラスの半数以上が部活関係に引っ張られるけど、それだけじゃない。祭り運営の清掃担当、大道具の看板類を作る係、フードブースの出店も全部生徒たちがやる。つまり、フリーマーケットを担当する者はクラスにほんの数人しか居なかった。
「──で、2クラス合わせてたった6人かよ」
 面白くなさそうにルカがそう呟くと、他のメンバーは一斉に溜め息をついた。
 フリーマーケット実行委員会に集まったのはAクラス3人、俺と学級委員長と運送屋のバイトをしているダチ。そして、Bクラスのルカと学級委員書記長の女子と電器屋の息子という3人だけだ。
 本当は、部活も他の運営担当もやってない奴らがもっと居る。だが、そいつらは学校行事より塾や遊びを優先したいらしく、つまりは逃げたというわけだ。
「全校生徒から不用品を集めるとなると規模が大きくなるから2クラス合同企画になったのに、この6人の運営となると大変だとは思うけど……」
 うちのクラスの学級委員長が尤もな事を言うと、他の4人がげんなりとした顔をした。思わず俺はバンと机を叩いて立ち上がった。
「少数精鋭だ、少数精鋭!要はチームワークだろ?フリマはこの学校で初めての企画らしいし、俺たちが新たな学園祭の歴史を作るんだよ。俺たちは開拓者だ。大成功させるぞ!」
 我ながら暑っ苦しいわクサイわで、いつの時代の熱血オヤジだ?と思ったけど、及び腰の5人にはこれくらい背中をど突いてやる方がいい。俺の激を受けて、5人は「そうか」「よし」「やろう!」と口々に呟き頷いた。
 みんなのモチベーションがむくむくと持ち上がったところでフリマ計画の骨子を打ち立てた。書記長がそれを書き記す。

1.売れる可能性のある物を出品してもらう。明らかなガラクタは不可。
2.古着はクリーニングをしてから出してもらう。
3.エロ本・エログッズは不可。
4.協力者には無理をさせない。出品の強要はしない。

 賽は投げられた。後はかき集めて売るだけ。目標は全品完売だ。


 澄み渡る初秋の青空に開幕を告げる花火が上がって、ついに学園祭当日が来た。
 この学校の学園祭は地元でも評判らしく、朝から大勢の老若男女で賑わっていた。在校生は勿論、その家族、他校の友人、彼氏や彼女、そのまた友人。知らない顔ばかりだ。
 校舎の中にも外にもBGMに流行りのヒット曲が流れ、飲食ブースから食欲をそそる匂いが漂う。各教室は授業とはまったく関係ない展示室やレストランとなり、いたる所にアニメ同好会のコスプレイヤーや得体の知れない着ぐるみを着た者が闊歩していた。
 体育館やグラウンドでは運動部が模範演技や体験プレイを指導しているはずだ。グラウンドからキャンディ率いる応援団部のひと際でかい声が響いてきた……。
 俺が仕切るフリーマーケットのスペースは、正門から入ったすぐの前庭に大型テントが二張分設けられた。
「このCDください」
「はい、ありがとうございますー!」
「すみませーん、あそこに掛かっているジャケット見せてもらえます?」
「はいはい、どれっすか?」
「ねえ、これいくらかな」
 不用品はかなり集まった。大型テント二張りとも品物が所狭しと並べられ、来場者が大勢物色していた。スタートから予想を上回る盛況ぶりだ。学生の持ち物だけでなく、家庭から出された食器類や日用品もあるおかげで、やって来る客層は主婦や年配者も多い。
「しっかし、よくここまで集まったなー」
 客の会計を済ませた運送屋バイトのダチが感心したように言う。俺もそれには同感だ。
「みんな、どんなガラクタ持って来るやらと思ってたけど、ちゃんとした物ばかりじゃねえ?街のリサイクルショップに負けてないよな。本当に不用品なのか?って感じ」
「まあ、今は使い捨ての世の中なんだよ。みんな此処にある物以上にいい物を手に入れてるって事だね」
 学級委員長の言葉に俺とダチはなるほど、と頷いた。いずれにしても、此処にある物たちが捨てられる事なくこうしてまた誰かに買われて愛用されるようになれば、俺たちのフリマ企画は意義あるものに思える。
「でもさあ、こいつは売れないだろう。どーすんのこれ」
 中にはびっくりするような物を出品する奴が居て、俺たちは高さ1メートル半もあるダビデ像のレプリカに頭を抱えた。
「誰だよ、こんなの出した奴」
「Cクラスの、親父が土建屋の社長って奴。このクソ重いの、ご丁寧にユニックで運んできたんだぜ」
 大理石ではなく、おそらく御影石だ。本物の石だから高価な素材だが、あまり芸術的には見えない中途半端なクオリティ。
 そこにやっと手が空いたルカと電器屋の息子が話に加わってきた。
「それにしても、高校のフリマでちんちん丸出しの石像を売るってどうなんだよ」
「つーか、こんなマッチョな身体なのにナニの方はちっこいわ包茎だわ、笑えるぜ」
「真性包茎だな、こりゃ」
 ダチも悪ノリしてダビデ像の丸出し部分を指でつんつんやる。思わず爆笑する俺たちにテントの端から紅一点の書記長の怒声が飛んできた。
「ちょっと、あんたたち!大きな声でいやらしい話やめてよ!お客さんが居るのに!」
 怒りで顔を真っ赤にさせた書記長に、俺たちは揃ってすみませんと頭を下げた。

 午後に入って更に人出が増していた。交代で持ち場を離れ見物する在校生の姿も目立つ。
 フリマに来る客も途絶える事なく相変わらず盛況だった。確実に物が売れていってる。だが、不安要素もあった。商品の数があまりにも多くて終了時間までに完売するのが難しい。これは売れないだろうという物も結構ある。売れ残れば出品者に返却される。でも、せっかくだからそれは最小限に抑えたかった。
「ところで、カレー先輩はどうしてんだ?」
 俺の隣でルカがふと思い出したように言った。
 カレー先輩……。ルカはまだあのカレー試食事件を根に持っているようだ。
「あー、クラスの出し物はカフェだと言ってたから、ギャルソン頑張ってるんじゃねえ?」
 先日、ハリー先輩にクラスで何をやるのか訊いたら、うんざりした顔でカフェだと言っていて、思わず笑った。カフェのバイトを引退したばかりなのに、定番過ぎる企画にがっかりだと言う。たしかに、彼にしたら「またコーヒーを運ぶのか?」と思うだろう。
 その時──。
「ちょ……アクセル!あれ!」
 突然、ルカが珍しく慌てたように俺の肩を叩いて前方を指差した。まず、その言葉に振り返った電器屋の息子が抱えていたレジ袋の束をどさりと落とす。運送屋バイトのダチも客に商品を手渡そうとしてそのまま固まっている。とどめに書記長が黄色い悲鳴を上げた。
「ハ、ハリー……先輩……?」
 ギャルソンならぬメイド姿のハリー先輩が、このテントに向かってずんずん歩いて来た。フリマの仲間も、お客さんも、行き交う人々も、喋るのも忘れて彼の動きを目で追う。
「女の子?えっ、男の子!?」
「かっ、かわえぇー!」
「いやーっ!ちょっと、なにあの美少女!いやーっ!」
 裾がふんわり広がった黒のミニドレス、白いフリルのエプロン、膝上のソックス、清楚そうな白いカフスと襟、そしてレースのカチューシャ。つまり、絵に描いたような萌えキャラ風メイドで、しっかりメイクまでしている。

──ああ、頼む!俺の目を見て『お帰りなさいませご主人様』と言ってくれ!

「抜け出して様子見に来たぞ、売れ行きはどうだ?」
 俺のピンクがかった妄想を吹き飛ばすように、ハリー先輩は低音ボイスで言う。
「ど、どうしたの?そのカッコ」
「ああ、男女逆転カフェってやつだ。まったく、考える事がベタなんだよ、うちのクラス」
「でも、面白そうだな。行ってみっかな」
 ルカがニヤニヤしながら言うと、ハリー先輩は冷めた目をして釘を刺した。
「やめとけ、ケバくて気持ち悪いメイドがごろごろ居る」
 俺は、ごつい体格で厚化粧の、メイドというよりドラッグクイーンのような野郎の姿を想像して身震いした。一方ハリー先輩は清楚なお人形さんみたいだ。この人をメイクしたであろう女子の本気具合が窺える。
「ハリー先輩、美人だぁ……」
 つい本音を呟いてしまってハッとなった。女の子には褒め言葉だが、男に言うと怒るだろうか。身構えていると、意外にも彼は「そうか?」とまんざらでもなさそうで。どうやら、女装を面白がっているらしい。
 ハリー先輩がテントの奥に進んで行くのを後からついて行く。まだみんながこっちを注目していたので、手をしっしっと振って追い払った。いいから仕事しろ……。
「ああ、さすがにこれは売れ残ってるんだな」
 その声に振り返ると、ハリー先輩が地球儀を手に取って苦笑いしていた。大きな文字で国名が書かれた青い地球儀。インテリアではなく、子供の学用品の類いだ。
「もしかして、それハリー先輩が出品したやつ?」
 そう訊けば彼は照れたように笑って頷く。
「小学校に上がる時、祖父母から贈られた物だ。もうこんなの使う年じゃないし、小さい子供が居る人でも買わないかなと思ったけど、今の時代地球儀なんて必要ないよな」
 ハリー先輩にとって不用品となってしまった地球儀。でもそれを見つめる彼の目が優しくって、懐かしそうで……。小さなハリー先輩はこれを見て広い世界に夢を膨らませていたんじゃないだろうか。俺は無性にその頃の彼が見た夢を引き継ぎたくなった。
「それ、俺が買ってもいい?」
 そう言うと、彼は驚いた顔をして、そして呆れたように笑った。
「こんな学童用の地球儀、買ってどうするんだよ。インテリアにもならないぞ?」
「いいんだよ。地図やネットの写真じゃ立体的な大陸の配置がわかりにくいじゃん。学童用でも地球儀は地球儀でしょ?それ欲しいな。──後は任せてよ」
 ハリー先輩は一瞬ハッとした顔をして、そして──。
「ありがとう……」
 聞き逃してしまいそうな小さな声で呟くと、躊躇いがちに俺に地球儀を差し出した。
「……あー、お取り込み中のところ悪いんだけど、ハリー先輩に頼みが」
 コホン、と咳払いをしてルカが悪企み丸出しの顔で寄ってきた。
「実は此処、繁盛はしているけど何せ品数が多過ぎてさ、終了時間までにだいぶ売れ残りそうなんだよ。そこで、ハリー先輩も売り子として手伝ってくれねえ?」
 俺は驚いて、おい!と言うも、当のハリー先輩はあっさり「いいぞ」と即答しちまった。
「要はたくさん売ればいいんだろ?やってみる」
「ホント?さっすがハリー先輩、頼りにしてるぜ!」
 俺は、親指をぐっと立てて笑うルカの腕を掴んでテントの隅まで連れてった。
「おま、どういうつもりだよ!部外者のハリー先輩になんつー図々しい頼み事を!」
「アクセル、お前は甘過ぎる。いいか?このままだとかなり売れ残りが出る。完売目指すならテコ入れが必要だ。それに、ハリー先輩が来てから客が増えている事に気付かないか?」
 言われてみれば、なるほどハリー先輩をちらちら見ながら人が入って来る。
「すみません、これください」
 早速、30代くらいの男が美少女キャラのフィギュアを手にハリー先輩に話しかけてきた。俺とルカは固唾を飲んで成り行きを見守る。
「ひとつだけでいいのか?こっちの子も買ったらどうだ?」
「あ、いや、僕はレイちゃんだけあれば……」
「この2体はな、昨日まで一緒だったんだ。それなのにお前は二人を引き離すのか?これから見知らぬ男の家で一人で暮らすレイちゃんの気持ちを、お前は考えた事があるか?」
「そ、そう言われると何だか可哀相な気が……」
「だろう?可哀相に……」
「じ、じゃあ、こっちのアスカも一緒に……オネガイシマス」
「ありがとう。優しいヤツだな、お前」
 マジかよ!あっさり2体売り付けちまいやがった!
 俺が唖然としていると、頬を染めるオタクの傍らで大学生風の男二人がハリー先輩を見て、ひゅう!と口笛を吹いた。
「びっじーん!キレイなおにいさん、俺と結婚してー!」
 一瞬、絡まれたか!と俺は緊張したが……。
「お前が女に生まれ変わって来たら考えてやってもいいぞ」
 ハリー先輩のユーモアに富んだ返しに笑いが起こった。
「面白い人だなぁ!せっかくだから俺らも何か買って行こうかな」
 大学生たちが雑誌を物色している間、今度は若い主婦がハリー先輩に話しかけてきた。
「あのー、このティーセットが欲しいんですけど」
「いい品を見つけたな。これは希少なアンティークだ。よかったら同じシリーズのデザート皿セットもあるぞ?」
「本当?素敵!それも見たいわ!」
 正直たまげた!ハリー先輩は経営者でも研究者でもなく、営業の道に進んだ方がいいんじゃないか?単なる客寄せかと思いきや、この口八丁……いや、商売の才能は何だ。
「あー、だめだめ!勝手に写真撮っちゃ困るよ!」
 突然ルカが腕を振りながら進み出て、客たちを仕切りだした。女装のメイドと客とのやり取りが面白いらしく、客が大勢集まって携帯のカメラを向けていた。
「何か買ってくれたらメイドとツーショットで写してやるよ!さあ、中も見てってー!」
「よっしゃ、燃えてきたぜ!」
「いらっしゃいませぇ!」
 思わぬ展開に他のフリマメンバーも俄然テンションが上がっていった。

 午後4時をまわるとさすがに客足も落ち着き、フリマの商品は完売とはいかないもののほとんど売れた。ガラクタに近い物が僅かに残っただけで、これは後で出所のクラスに返される。
 俺たちは早くも祝杯ムードだったが、まだこれで終わったわけではなかった。
「ほほう、素晴らしい品を置いてるねぇ!」
 テント前で声がしたので行ってみると初老のおっさんが居た。そして見ていたのは……。
「ミケランジェロの情熱が伝わってくるようだ」
 誰もが忘れかけていた包茎……じゃなくて、ダビデ像!こんなビミョーな石像、もう看板代わりにしか思ってなくて『いらっしゃいませ』のプラカードを持たせていたくらいだ。
「なかなか目が高いな、大したもんだ」
 (はあっ!?)
 真っ先に応えたハリー先輩を、フリマメンバー全員が思いきり振り返る。
「値段が付いてないけど、いくら?」
 (ええっ!?)
 今度はおっさんの方を一斉に見た。買う気か!?と全員心の中で叫んだはずだ。
「いくらなら出せる?」
 ちょっと!何言ってんだ?あんたっ!
 そこでおっさんが提示した金額は、高校のフリマではあり得ない額で、俺が卒業までカフェでバイトしたとしても届かないような……。
「まあ、仕方ないな。よし、いいだ……」
「待てーっ!だ、誰か担任!担任呼んで来い!早く!」
 俺の叫びはもはや悲鳴だった。

 結局、担任が来て判断を委ねる形になったが、何とおっさんの提示金額で売れてしまった。おっさん曰く、最上級の御影石が使われており価値は高い。自分が経営するホテルのロビーに置きたいので是非手に入れたい、との事だった。正直、どうでもいい……。
 そしてハリー先輩は間もなく彼を探しに来たクラスメイトに連れ戻された。ギャルソン・コスの男装女子二人に引きずられるように連行されて行く。このフリマの噂を聞きつけて飛んできたようだ。二人ともカンカンに怒っていた。

 初めてのフリーマーケットが大成功に終わり、おそらく来年もまた学園祭で催されるはずだ。尤も、来年もこんな売上金というわけにはいかないだろう。またヘンな石像が出品されて、それを買いたがるもの好きな客が現れない限り。
 肝心の売上金の使い道だけど、職員会議で校舎の南面に大きな花壇を造る事が決まったらしい。卒業後も通りから花壇を見るたびに、俺は今日の事を思い出すに違いない。