7月の太陽は午後8時になっても沈む気配がまるでない。
夕食に、以前二人で行ったシーフードレストランに入った。
少々待たされて窓際の席に座る。
ハリー側の席に陽が当たるが、店内は冷房が効いているため彼は暑さを感じてはいないようだ。
ちょっぴり奮発してシャブリを注文した。料理はナマズの香草蒸しと蛸とムール貝のサラダ、そして自家製パン。
先にシャブリが来た。いつものように最初の一杯を店のマダムが注いでくれる。
彼女はハリーに微笑み、いつも来てくれてありがとう、と声をかけた。
パリに来るたびに必ず寄るというこの店で、ハリーは長年の常連客らしい。
「乾杯しようよ」
そのままグラスに口を付けようとしたハリーを制止して言った。
「8ヶ月ぶりの再会に」
「炎天下の革命の夜に」
「会いたかった、ハリー」
カチンとグラスを鳴らす。
きりっとよく冷えたワインが喉から胃に落ちていくと、ようやく人心地つけた。二人ともグラスの中身を一気に飲み干してしまった。この調子だと、料理が来る前にボトルを空けてしまいそうだ。
ここで俺は、疑問に思っていた事をハリーにぶつけてみた。
「ところで、今回は何しにフランスへ?」
「ああ!?」
訊いた途端、ハリーは顔をしかめて俺を睨んだ。少々ビビる。
「電話で“会いに行く”と言ったはずだ」
つまり、何かのついでなどではなく、本当に俺に会うためだけにわざわざ遠いアメリカから飛んで来てくれたのだ。しかも……。
「苦労してスケジュール調整して、管理部と喧嘩して、部下たちから涙目で訴えられても振り切って、ようやく10日間の休暇を奪取したんだ」
そこまで聞くと俺はテーブルに突っ伏した。
「感激!嬉し過ぎて吐きそうだっ……!」
「馬鹿か?」
「あんたが言う『馬鹿』は『愛してる』に聞こえるぜ」
「重症だな……」
「末期かも。治療して」
ようやく顔を上げ、身を乗り出して囁いた。
「キスしてェ。うんとディープなやつ」
「したら殴る」
「やっぱり」
期待を裏切らないハリーのリアクションに思わず笑ってしまう。
空になったグラスに二杯目のシャブリを注いだところでパンとサラダが来た。さっそくサラダを取り分ける。
「それにしても今年は暑いよな。まだ7月中旬だぜ?」
「ああ、飛行機の中で聞いた。今日30度超えたんだって?フランスじゃないみたいだな」
「これはアレだよアレ、地球温暖化ってやつ?あんたの吸う煙草も、でかい屋敷の電気使用も、通勤で乗っている車も、巡り巡ってフランスを温室にしているかも、だぜ?」
どういう反応をするか見たくて、つい意地悪になってみた。が……。
「自分の国の温暖化くらい自分で食い止めろ。それより今日パリに来た事を後悔している」
「ええっ!な、何で?」
さすがに焦った。彼の顔は大真面目で、冗談を言っているとは思えない。
「暑いのには慣れているがな、ついこの間まで暑い国に居たんだ。フランスは涼しいと思っていたのにこの暑さだ。それ以上にこの人混み……。もう二度と革命記念日になんか来るもんか」
忌々しそうに吐き捨てるハリーを見ながら、俺は素直じゃないこの人の本心が堪らなく嬉しいと思った。
7月14日が何の日か、うっかり忘れていたわけではあるまい。
管理部と戦ってまで得た休暇は、さぞかし苦労してもぎ取ったものなのだろう。
何日に行くかなど、予定を立てる余裕などなかったはずだ。たとえその日が一年で一番混み合う日でも。その証拠に、彼はホテルを押さえる事が出来なかった。航空券が取れただけでも奇跡だったかもしれない。
びっくりするほど急な今回の来仏の話。早く俺に会いたいと思ってくれた、と考えるのは自惚れが過ぎるだろうか。
ハリーは俺に会うためだけに、文字通り飛行機に飛び乗って来てくれた。それは事実なのだ。
ああ、目の前にあるこの手を握りたい。
「8ヶ月の間どうしてた?」
衝動を抑えて訊くと、ため息交じりの小さな声で彼が答える。
「仕事、仕事、仕事……だ。今年に入ってからはほとんど外国に居た。特にこの4ヶ月間は一日も休んでいない。さすがに少し疲れたよ……」
憔悴したようなハリーの顔。少し痩せたように見えるのは気のせいではあるまい。
「私の話はどうでもいいんだ。それよりお前の方はどうなんだ?レディ・ジョーや店のみんなは元気か?」
つい一瞬前は心細そうな子供の顔で弱音を吐いていたと思ったら、もう年上の男の顔に戻っている。
「俺は相変わらずだよ。オカマたちは元気過ぎて困るくらいさ」
「ゾーイに会っているか?」
さらりと言うハリー。だが、それが彼の一番の心配事なんだと思った。
別名“白ふくろう”と呼ばれて恐れられているフレンチマフィアのボスのもとで、俺は長年ヤクと銃の売人として働いていた。
バーテンダーをやる傍ら、裏稼業からなかなか足抜け出来なかった俺を、ハリーは堅気の世界に引っ張り上げてくれた。彼と出会わなければ俺は今でも売人を続け、もしかしたら今頃ムショに入っているか、ヘタをすればゴミ溜めの中で死んでいたかもしれない。
「ゾーイは時々店に来てくれるんだ。開店前に、他のお客と会わないようにね。俺が淹れたコーヒーを美味いと言ってくれるんだぜ?飲んで、俺に説教して帰っていくよ。俺の本当のジイさんみたいさ。けど、ルカは未だに行方不明なんだ。あいつの事は心配だけど、おかげで悪事の誘惑も依頼もないよ」
それを聞くとハリーは、そうか、と温かい目で微笑んだ。
目に見えるその笑顔以上の彼の安堵を、俺は感じている。
8ヶ月前、パリを離れる前に、ハリーはゾーイを脅してまで俺の堅気への道を確保しようとした。
もう二度と会うつもりのない男のために、だ。
最後の最後まで俺の身を案じ、ゾーイに託し、何度も振り返るようにして俺の前からそっと去ろうとしたハリー。
そんな密かなマフィアの大ボスとの折衝を俺が知っているという事を、この人は知らない。
「俺の事、心配だった?またヤクを捌いているんじゃないかって」
「心配なんかしてないさ」
今度は無表情で淡々と言う。
俺を信頼してくれているのか、単に照れ隠しなのか。
「今日パリに来て、俺の顔見て安心したくれた?」
「まあな。……今回はお前に面倒かけるな、アクセル」
ふいにハリーがぽつりと呟いて、俺は驚いてワインを飲もうとした手を止めた。
「何日か休暇を貰えると言ってたな。私のせいでバカンスの予定が狂ってしまっただろう?……すまない」
「何言ってンの?あんた」
悲しいを通り越して悔しい気持ちが湧き上がる。
「相変わらず俺の事、何にもわかっちゃいないんだな」
テーブルの上に置かれたハリーの手を乱暴に握った。公の場だろうが関係ない。
彼は驚いて握られた手を引こうとしたが、そうさせなかった。
握る力の強さで俺の苛立ちを感じ取ったのだろう。手は振り払われなかった。
「ホテルの予約が取れなかったのに来たんだぞ?お前の所に泊めてもらわなきゃならないなんて、お前にとっちゃ……」
最後まで言わせなかった。
「あんたが来てくれた事、俺がどんなに嬉しいか言葉じゃ信じてくれねェんなら、どうしたら信じてくれるの?」
ハリーは困惑していた。返す言葉を探して沈黙する。
「信じてないわけじゃない。わかっているが、ただ……」
視線を向けずにやっとそれだけ言って、その後はやはり言葉が出てこなかった。
『ただ……』の後、何を言おうとしたのだろう。何となくわかったような気がする。だが、今はそれを言わせなくてもいいと思った。
今は、俺の気持ちを理解しているとわかっただけでいいのだ。
「うん、わかったよ。ごめんなハリー」
最後にきゅっと手を握ってその手を解放した。
「時間はたくさんあるからまた話そ?」
重苦しくなりかけた空気を払うように、俺は明るく笑いかけた。
「それにさ、マジで俺バカンスになんか出掛けた事ないんだ。俺って身寄りがないからさ、家族の誰かに会いに行く事もないし、裏の商売はバカンスシーズンなんか関係なく色々忙しかったから、パリから離れるわけにいかなかったんだ。一緒に行く相手もいねえし。そんなわけでバカンスの過ごし方って、俺わかんねえんだわ」
「普通はみんな海とか田舎に行くようだがな」
その言葉に思わず頭をかいてしまう。
「実は俺、パリからほとんど出た事ねえのよ。街っ子だしィ?海なんか見た事ないんだよな。世界が狭くてびっくりしたろ?」
どうやらハリーはその通りびっくりしたようだ。
「そりゃ……今どきそんな奴もめずらしいな……」
田舎の新鮮な空気やら海の潮風なんてものは、俺には縁がない。
吹かれる風は地下鉄の熱い風、歩く道は吸殻で汚れたアスファルトの歩道、耳にする音はイラついた車のクラクションやどこかの誰かの怒鳴り合い。
ずっと、そういう空気の中で生きてきた。そしてきっとこれからも。
「レディ・ジョーってフランス人にしては真面目な働き者でさ、バカンスだからって店閉めないのよ。今日はたまたま日曜日だから休みだけど、平日なら革命記念日も関係なしよ。でも、夏の休暇は交替で一週間貰えるんだ。俺、しあさってから休みなんだけど、あんたと二人でのんびりしたい……。バカンスがこんなに嬉しいと思ったの、生まれて初めてだ……」
その時、普段は近寄りがたいほどクールなハリーが、何とも言えないような優しく綺麗な顔で笑った。
どうしようもないくらい抱き締めたくなる。
「この時期パリに来たのは正解だったんだな」
堪らなく愛しくて湧き上がる衝動を、当たり前だっつーの!と笑って押さえ付けた。
そして俺は、昼間から考えていた事を口にしてみる気になった。
「あのさ、今日疲れてる?時差ボケとかしてねえ?」
「機内でたっぷり眠ったから大丈夫だ。飛行機の移動は慣れているから時差ボケはしない」
「今夜、二人で花火見ようよ」
暗くなったら始まる革命記念日恒例の花火は、エッフェル塔のまわりから上がる。大勢の観光客や地元パリっ子たちが集まる一大イベントだ。
「冗談じゃない。あんな人混みに誰が行くか」
予想通りの返事に俺はニヤリと笑う。
「とっておきの場所があんのよ。誰も居ない場所で、座れて、しかも酒飲みながら見れる場所。どうよ?」
「そんなうまい話が……」
「あるんだよ、それが。黙って俺について来いって」
自信たっぷりの俺の顔を訝しげな眼差しで見るハリーは半信半疑だ。
その時、随分待たされて忘れかけていたナマズが運ばれて来た。
でかい皿に、野菜に囲まれて鎮座するナマズは、何と頭付きだ。洗練された三ツ星レストランでは絶対ありえない一品だ。
「うっわ!ブサイク!」
「まんまな姿だな」
二人とも腹が減っていたせいばかりでもなく、食べてみると蒸されたナマズはびっくりするほど美味かった。
「魚は見かけで判断しちゃダメだ」
そんな事をニコリともせず、大真面目に言うハリーが何だかすごく可笑しかった。




ようやく太陽が沈んだ午後10時半。
俺たちは息を切らしてアパートの階段を駆け上がっていた。
俺の右手にはビール半ダースの箱、左手にはシャンパン。そしてハリーの片手には、さくらんぼとカマンベールが入ったビニール袋がぶら下がっている。
早く早く、と急かす俺が先に立って階段を上っていると、後ろから「うわっ」という声がして振り返った。
足を踏み外しかけたらしく、ハリーが手摺にしがみ付いていた。
「危ねえな、何やってンの」
俺がシャンパンを右手に持ち替えて、空いた左手を後ろの男に、ほら!と差し出す。が、男はその手を取らない。顔をしかめて俺を睨む。
彼が何かを言う前に俺が先に焦れた。
「ああもう、しょうがねェな!」
ハリーの意思を無視して勝手に彼の手を握って引っ張った。
おい、と声をかけられたが聞こえなかった事にする。
「急がねぇと始まっちまうって」
「急いでやるから手ェ離せ。女の子じゃないんだ」
人の目がない場所とはいえ、こんな風にエスコートされる事がハリーにとっては面白くないらしい。
「なーんてな!本当はあんたの手を握りたかっただけー。いい口実なんだから大人しく俺に手ェ繋がれてなさい」
俺が振り返って片目をつぶると、ハリーはため息をついて諦めてくれた。
懐かしいハリーの手のひらの感触。
薄い手のひら、長い指、固くてガサガサして手触りの悪い、かわいそうな手。
彼の手は、記憶していた感触より一層荒れていた。
またこの手に何かをさせていた、俺の知らないハリーの数ヶ月間……。
胸によぎってしまった微かな悲しみを振り払って俺は笑いかけた。
「ほんっとに可愛いよなぁ」
「ああ!?」
「あんた本当に少佐?」
「……うるさい」
「今のハリー・ブライアント少佐をあんたの部下たちに見せてやりてェ」
「黙らないと撃つぞ!」
「丸腰のくせに」
この時、よく手を振り払われなかったとつくづく思う。彼にとっても、今の自分を自嘲する気持ちがあったのかもしれない。
完全に息が切れた状態で最上階まで辿り着き、ポケットから鍵を取り出すと、屋上の重いドアを開けた。
ドンッ!
腹に響く音が轟いて、西の夜空に大輪の赤い花が咲いた。
ぎりぎりセーフだったようだ。
次いで紫の花が、そして緑の花が、エッフェル塔上空に次々と広がった。
俺の住むアパートの西方向は、高いビルがなく転落防止フェンスもない。この屋上からパリのシンボルが実によく見えるのだ。
エッフェル塔の会場から、風に乗って荘厳なクラシック音楽が聞こえてくる。
花火は打ち上げ位置が高いせいか、本当に大輪なのか、意外なほど近くに見えた。
「どうよ、俺の秘密のアジト」
花火に見惚れて突っ立っているハリーの背中に声をかけると、彼は振り向き、最高じゃないか、と微笑みながら言った。
「このビルのオーナーの暴力オカマに感謝しなきゃな」
顔の横に屋上の鍵をちゃらりと掲げて俺は笑った。
数日前、レディ・ジョーは何も言わずにここのドアの合鍵を俺に渡した。
住人なんだから予備のために持っていろ、と。
ハリーがパリに来る事も、そして今夜の花火の事も、先読みしてのはからいだったのかもしれない。
俺たちはコンクリートの上に並んで座り込んだ。
シャンパンのコルクを開け、クリスタルのフルートグラスに注ぐ。そして乾杯の音頭はないままに、黙って見つめ合ってグラスを鳴らした。
空に金色の花火が上がる。漆黒の夜空に弾けてパラパラと火の破片をばら撒く。まるでシャンパンの泡のようだ。
「アクセル」
花火を見上げたままハリーが俺を呼んだ。
「そのうちお前を海に連れて行ってやるよ」
予期せぬ言葉に驚いた。
「一度も見た事がないんだろ?花火の礼だ、お前に海を見せてやる」
「本当……?」
「ああ」
「いつ?」
「そのうち。必ず」
ハリーが俺を海に連れて行ってくれる!彼の方からそう約束してくれた。
俺はテレビでしか知らない海に、自分とハリーが潮風に吹かれている光景を重ねて想像してみた。信じられない思いだ。
夢を見ているのだろうか……。
だが、ハリーが俺を振り返った時、もっと夢のようなものをそこに見た。
ダークブルーの瞳に街のネオンが反射して、表面がとろりとした光に包まれる。
そこに今打ち上げられたピンクの花火が映り込んだ。
俺は、はっと息を飲んだ。
ハリーの瞳の中の小さな夜空に、色とりどりの花が咲いては消えまた咲く。
そのあまりの美しさに目が離せない。
「おい、花火はあっちだぞ」
自分の瞳に起こっている光景を知らないハリーが、自分を凝視する俺に顔をしかめる。
「おい……」
「万華鏡みてェ……」
俺の真剣な様子にハリーの顔から強張りが消えた。訳が分からないのであろう、小首を傾げる。
「アクセル……?」
「すげェ綺麗だ、ハリー……」
万華鏡の瞳も、薄く開かれた唇も、その存在も、全部欲しい……。
気が付くと、瞳に引き寄せられて俺は互いの息がかかる距離まで顔を近づけていた。
バックするという選択肢は考えられない。
「俺を、殴るなら殴れよ……」
ハリーはそれには答えなかった。逃げる事もしなかった。
唇を重ねるべく顔を傾けてさらに近付けると、ハリーの睫毛が僅かに伏せられた気がした。
だが、その時――。
ジーンズの尻ポケットの中で携帯が派手に振動し、俺は文字通り飛び上がった。
咄嗟に携帯を開ける。着信者の名は――。
キャンディ!?
『アクセル!今すぐここを開けなさい!』
ここ?
俺の疑問に答えるように、背後のドアがガンガンと打ち鳴らされた。
「……てめ!何しに来たんだよ!帰れよ、邪魔すんな!」
携帯の向こうにはキャンディだけでなく、複数の人の気配。
冗談じゃない。何としても今すぐ追い返したい。
『すみやかに開けなさい!逃げ道はないわよ!』
俺は立て籠もり犯人かよ……。
「ここは開けねーぞ!徹底抗戦だ!」
俺の頭の中にはその時、敵に追い詰められた俺とハリーが、弾が尽きかかったマシンガンを抱えて、愛のために玉砕せんとする甘く切なくそして盛大に馬鹿馬鹿しい妄想が沸いていて、少し……いや、かなりうっとりしてしまった。
だが、“愛のための玉砕”決意はキャンディの言葉であっさり打ち砕かれた。
『開けないのであれば、これからコニーがドアを破壊する』
ちょっと待て!賭けてもいい、連中は本当にそれをやる!
「ま、待てっ!レディ・ジョーに殺される!」
携帯を切ってハリーを見ると、彼は笑いを堪えて肩を震わせていた。
ああ……その唇……。ちくしょう!
俺はドアに向かってダッシュすると鍵を開けた。
勢いよく開かれたドアからオカマたちがどやどやと流れ込んで来た。
マリー、コニー、キャンディ、ジョジョ、なぜかキャンディのロクデナシの彼氏も一緒だ。
みんな手に酒やら食い物やらを持っている。突っ立っている俺には目もくれない。
「すごーい!絶好のロケーション!」
「こんな所独り占めしようだなんてねー」
「あ、いたいた!ハリーよ!」
「やっほー!ボンジュール!」
休日のオカマは何だか中途半端ないでたちで、女になりきれないオカマというより、オカマにすらなれなかった男という感じだ。
“男”に退化したオカマたちは、口々に勝手な事を口走りながら、内股でハリーに向かって突進して行った。
おい……。
迫り来るオカマの集団に圧倒され、取り囲まれて、ハリーは若干腰が引けている。
「いらっしゃい、お久しぶりね」
「アタシの事、覚えてる?」
「また会えて嬉しいわ」
「けだものアクセルに何かされなかった?」
おいって……!
胡坐をかいているハリーを中心にみんな腰を下ろし、身を乗り出してあらためて自己紹介しながら、一人一人握手をしていた。
「俺の存在無視すんなよ!」
俺が声を張り上げても誰も見向きもしない。
だけど……。
一人離れて、何とも賑やかな光景をこうして傍観する。
ハリーと握手し言葉を交わすオカマたちは、社交辞令ではなくみな嬉しそうな顔だ。
以前から「一目見た時からハリーのファンだ」と言ってたジョジョは、ハリーに抱き付いて彼を苦笑させている。
最初戸惑っていたハリーは愛想笑いなどではなく、心底楽しそうに破顔していた。
花火の音にかき消されて何を喋っているかは聞こえない。だが、誰かが何かを言い、全員が爆笑した。
ハリーとの事は、社会の片隅で静かに息を殺して二人だけで築く世界だと思っていた。
その人を、俺の仲間たちが受け入れて熱く歓迎してくれる。
連中は声なき声で俺とハリーに言う。
ここに居てもいいのだ、と。
俺の社会とハリーが融合する。ハリーを中心として世界が繋がり、そこに光が差す。
何か、悪くねェな、こういうの……。
相変わらず自分を無視して盛り上がる集団を尻目に、泣けてきそうな顔を見られたくなくて、花火を見上げて呟いた。
「サンキュ……」