13:00 ルカ いつもの場所で二人の女が俺を待っていた。 「ハイ、ルカ」 「ボンジュール、ハンサム」 「よう、二人とも今日も色っぽいな。景気はどうだい?」 女たちは街娼だ。街に佇み身体を売る女。商売熱心な女は真っ昼間からめかしこんで客を物色する。男の欲望に昼も夜も関係ない。おまけに今はクリスマスシーズン、通りはうかれた観光客だらけ。彼女らの商売は書きいれ時だ。 「ねえ、あんたならタダでいいのよ?」 一度くらいどう?と赤毛の女が俺の身体に巻き付いてくる。街娼とはいえこの二人はとびきりのイイ女だ。ありがたい申し出だが俺は笑って手のひらを出した。赤毛女は唇をつんととがらせるとガーターベルトに挟んであった紙幣を出す。もう一人のアフロヘアの女は胸の谷間から金を出して俺の手のひらに置いた。 「俺みたいな金にならない男を相手にするなよ。自分を安く売るな。客に大金出させろ。お前たちは最高級の女なんだからな」 「もう、バカ……。愛してるわ」 俺の甘い囁きに女たちはうっとりした目をして頬にキスをしてきた。 女たちからショバ代を回収してそれをファミリーの担当者に渡せば今日の俺の役目はおしまいだ。金にしてもヤクにしても一人が長い時間それを持ってウロウロする事はない。街の中でいろんなモノが手から手へと短時間で行き交う。まるでバスケのパス回しみたいだ。 停まっていたナナハンの男に近付いて無言で回収した金を渡すと、男も無言でそれと引き換えに報酬をよこした。走り去るバイクを見送って伸びをする。 ──これからどこで昼メシを食おうか。 「ルカさん!」 「おう!」 たむろしていた3人の悪ガキどもがヒラヒラと手を振って挨拶してくる。年は若いがいっぱしの売人だ。俺も足を止めずに手を上げて応えた。 「メリークリスマス!」 背中に飛んできた似合わない言葉に吹きそうになって振り返る。 「いい加減な事ほざきやがって。“キリストなんかクソだ”って言ってたのはどこのどいつだ?」 そう言ってやれば、陽気な後輩どもはケラケラ笑った。 クリスマスは嫌いだ。 通りを行き交う連中の顔を見ればどいつもこいつも笑っている。幸せだから笑っているんじゃなく、今日だけは幸せな日なんだという因習に縛られ、思い込まされているだけだ。もっと自分の足元を見ればいい。借金まみれで家計は火の車、女房は浮気、子供は不登校。問題だらけの日々から目を逸らして磔になった男の誕生日を祝っているなんて、そんな事している場合か?他人の誕生日なんかどうでもいいだろう? おまけに遊び仲間は揃いも揃って故郷に帰って親孝行。でなけりゃクリスマス商戦に乗っかって自分の“商売”に精を出す。残される俺は退屈で堪らない。 いい加減腹が減って近くのアメリカ資本のハンバーガーショップに入った。トレイを持ってそれなりに混んだ店内で座れそうな席を探していると見知った顔を見つけた。 「よう、カワイコちゃん。一人か?カレシはどうした」 許可されるのを待つ気もなく、俺はそいつの向かいに座る。 「彼は帰省中、あたしは人と待ち合わせ中。あんたこそ暇そうね」 キャンディはぽちぽちメールしていた携帯を閉じてコーラをずずっと飲んだ。テーブルの上にはトリプルサイズのバーガーが乗っていてちょっと引く。このほっそい身体のどこに入るんだ? 「ああ、暇だねぇ。な、今夜遊びに行かねえ?アクセルも誘ってよ。おもしれえ店見っけたんだ」 アクセルとキャンディと俺。俺たちはたまに3人つるんで夜遊びに出かける。他のどんな連中よりもこのメンツと遊ぶのが一番楽しい。 「残念でした。今夜はママと弟のとこに帰るの。あ、アクセルもだめよ?今夜は店でパーティだから」 そんなすげない返事に俺はちぇっと舌打ちした。まったく、どいつもこいつも家族だとかパーティだとか。オカマにまでフラれた俺は本気で今夜の過ごし方を考える。あったかい肌を貸してくれる女友達も特別な夜は俺なんかの傍に居てくれない。 「あんたにも親と兄弟が居るじゃない。たまには帰れば?」 「つまんねえ事言うなよ。俺なんか帰ったら平和な聖夜が台無しだろうが」 「じゃあ教会に行けば?」 予期しないキャンディの言葉にぎょっとした。が、すぐに気を取り直して笑ってみせる。 「ばーか、教会なんて最も俺に縁のない所だろ。何が楽しくてそんな辛気臭い……」 「たまに行ってるでしょ?知ってるわよ」 今度こそ本当に心臓が止まりそうなほど驚いた。 「あんたが仕事で教会に関わっているとは思えないし、かといって突然改心して敬虔な信者になったなんてもっとあり得ない。一体何しに行ってるのかしら?」 可愛い顔でにっこりと、女狐オカマはどこまで知っているんだか。何しに行ってるのかしら、だと?俺はコイツがめちゃめちゃ勘がいい奴だって事を思い出した。 「ミサに来ている中にやたらイイ女が居てさ、何とか落とそうと口説いてるんだけど、なかなかガードが固くてだな……」 そう、たしかに美人が一人居る。俺がどんなに挑発しようがからかおうが脅そうが、清廉そうな表情を崩さない。偉そうに人に説教して俺には小言ばかり。挙句の果てにはこんな腐りきった俺を助けたいのだと、もの好きな事ぬかすおせっかい野郎。そのくせ両手は血まみれで、そして、実はカラダは淫乱だ。こんな可笑しな聖職者、他には知らない。 『クリスマスイヴに来ようかな』 『ミサにですか?』 『んなわけねえだろ、あんたとイイ事しにだよ』 『ルカ、あなた教会を何だと思ってるんです!』 何日か前の会話を思い出した。俺は会いに行くと言ったんだ。 24日は一年で一番忙しい日だ。ミサのメニューは目白押し、参列者もたくさんやって来る。すべて終了してぐったり疲れている時に俺が現れたら……さぞかし嫌そうな顔をするだろう。でも俺はわかっている。それでも最後にはあの人は俺を許すんだろう。 「キャンディ、俺やっぱ今夜は教会に行くわ」 今夜の事を考えると俺は何だか楽しくなってきた。今夜と言わず、もう今から行って礼拝堂にずっと居座ってもいい。眉間にシワを寄せたキレイな顔を眺めながら、延々説教されるのも面白いかもしれない。 席を立つ俺をキャンディは妙に嬉しそうな顔で見上げた。 「そう、頑張りなさいよ。ついでにあんたのイカれた魂を清めてもらったらいいわ。……あ、ルカ!」 呼び止められて振り返る。 「ジャン先生によろしくね」 俺は今度こそ沸騰したヤカンみたいに頭から湯気が出そうだった。 「お前、あそこの檀家かよっ!」 俺の事を助けたいと言うなら、この退屈で死にそうな俺を助けてくれよ。ジャン……。