「――も……これを、外して……」 酷く掠れた声でハリーが低く呻いた。 「もうイキたい?でもまだダメだよ。……外してほしかったら“挿入れて”って強請ってごらん」 もう随分前からハリーは全身を隈なく嬲られて追い詰められている。本来ならとっくに吐精しているはずだが、ロベールにそれを阻止されていた。すっかり硬く勃ち上がったペニスの根元に食い込んだ黒革のコックリング。きつい締め付けで射精を封じながら、ロベールはハリーに快楽だけを延々と与えている。今回ロベールが持参した趣味の悪い拘束具にハリーは苦しめられていた。 我々3人の密儀は今夜で何度目になるだろう。私はベッド脇のソファにもたれて二人が性交する様を見物していた。ロベールが用意したシャンパンをあおり、煙草に火を点ける。自分は決して行為には加わらない。 「さあ、“挿入れてください”って強請って」 回を重ねるにつれ、行為の内容は次第にエスカレートしていた。前回は口淫させながら男根を模した玩具を挿入して、何も出なくなるまで強制的に何度も射精させた。今回も先程まで拘束具を付けたまま異物でハリーの後孔を責め立てていたのだ。しかも射精を堰き止められるつらさに付け込んで屈辱的な言葉を言わせようとしている。 「言って。言わないと外してあげないよ」 「――挿入れ……て……」 「何を、何処に?」 再び沈黙したハリーに、ロベールは男根型の玩具を取り上げてスイッチを入れた。モーター音の唸りにハリーが慌てて言葉を続けた。 「ロベールのおちんちんを!俺の尻の中に……っ!」 咄嗟に言った言葉にハリーは羞恥に震える唇を噛んだ。彼はもちろん、そんなものを望んではいない。吐精して苦しみから解放されたいだけだ。ロベールも理解しているだろう。それでも望み通りの淫らなセリフを言わせた事に満足して微笑むと、彼は後ろからハリーの白い尻を割り開き、濡れそぼった自分の欲望で貫いた。 まったく、いやらしい男だ……。 私は次第にこの行為にも、ロベールのやり方にも嫌悪し始めていた。清楚なハリーがあられもない格好で辱められる姿にも、毎度泣き叫ばされている声にも酷く興奮させられる。 だが、何故か彼は少しも汚れた感じがしなかった。むしろ少年をいたぶるロベールに虫唾が走り、それ以上にそうさせている自分に対して吐き気を覚える。 ハリーの身体を穢す事でマリーに対する復讐を果たすつもりだったはずだ。だが、マリーによく似た顔が涙に濡れても、そこに肝心のマリーのイメージが重ならない。清らかな優しい生き物を虐める自分の汚らしさを見せつけられるだけだった。 思わぬ誤算だった……。だが、私はこの馬鹿げた行為をやめさせる事が出来なかった。自分が一言ストップをかければロベールはあっさりやめるだろう。それが出来ない……。自分の過ちを認める勇気がなかったのかもしれない。だが、その勇気を出さなかった事に、後に後悔する事になるなどとはこの時は思ってもいなかった。 「ハリー、君は本当に可愛いなぁ……!このまま連れて帰りたいよ……。僕のものにならないかい?――嫌かい?」 ハリーが微かに首を振るとロベールは苦笑して、いったん身体を離し彼を仰向けにした。 「ステファン、どうせこの後この子を可愛がってやるんだろう?リングは付けたままにしておくから君が外してやれよ」 そして、軽々とハリーの腰を宙に浮かせ脚を開かせると、晒された後孔に再び巨根を深く穿った。 「――泣いてもらうよ?」 言うなり拘束されたままの性器を激しく扱き始めた。 「いやあぁぁ――!やあぁだぁ!」 残酷な愛撫に、ハリーはロベールが望む通りの泣き声を上げる。 ああ、ハリーが苦しんでいる……。もういい加減にしろ!やめるんだ! そんな思いは声に出せず、叫びたい気持ちは手の震えとなってグラスの液体を揺らした。指の間で忘れられていた煙草は、いつの間にか根元まで燃え尽き、灰となって崩れている。 快楽とは程遠い苦悶に満ちた表情で、悲鳴の合間にハリーの唇が動くのを見た。 『ステファン』 ――堪らずきつく目を閉じた。 いつものように身支度を整えたロベールをホテルのホールまで見送る。彼はいつも3人分の宿泊予約を入れ、自分は終わればそのまま帰宅していた。動けなくなるほど疲れきったハリーをゆっくり休ませるためだが、その後私が抱いている事を、ロベールはうすうす気が付いてもいた。 「――ハリーは本当に素晴らしいよ」 1階に下りるエレベーターの中で、ロベールがそんな風に話を切り出した。 「僕が知る中では最高だね。マダム・ジーラの店にあんな子が居たら間違いなく売れっ子になるだろう」 「ハリーは男娼じゃないし、そんな事が出来るタイプじゃない」 馬鹿げた話に呆れながらも薄く笑うと意外にもロベールが私の意見に同意する。 「ああ。誰かさんに一途過ぎて男娼には向かないな。でも、そんな彼に男娼まがいの事をさせているのは君だぜ?」 直接行為に及んでいるのはロベールだが、仕掛けたのは自分であり、よってすべての罪はこの私にある。そこをあらためてロベールに念を押され、押し黙るしかなかった。 チン!という音と共にエレベーターが1階に着いた。エントランスに向かって歩きながらロベールが再び口を開く。 「そんなにハリーが心配かい……?」 どういう意味か、と友人の顔を仰ぎ見れば彼の横顔に笑いはなかった。 「君は“耐えられない”って顔で僕とハリーを見ていたよ。最初、見物するのは見て興奮したいのかとも思ったけど、ハリーに対して僕が行き過ぎた事をしないか見張っているんだろう?それほど大切な恋人なのに、君自身がつらい思いをしてまで何故他の男に彼を差し出すのか、僕にはさっぱりわからない」 快楽を追及するばかりの軽い男と思っていた友人に、こんなにも深く見透かされて私は言葉が出ない。 「――まあ、事情は訊かないでおくよ。君らはどうか知らないけど、僕はひたすらいい目を見させてもらっているからね」 ロベールは笑って私の肩を叩き、また電話すると言ってホテルを出て行った。 部屋に戻るとハリーは先程と寸分違わぬ姿でシーツに沈み込んでいた。とうとう一度も射精を許されぬまま、体内で荒れ狂う射精感に翻弄され、それに耐えきれず意識を失ったのだ。相当苦しかっただろう……。頬を流れた涙はまだ乾いてはいない。 「ハリー……」 髪をそっと撫でながら名を呼ぶと、ハリーがゆっくり目を開ける。 「ステファン……」 「今夜はもうゆっくり眠ったらいい」 「これ……外して……」 拘束具はまだハリーに食い込んだままなのだ。ハリーの弱々しい訴えにそれを外してやる。そして精を吐き出させるため彼自身を握り込むと、ハリーにその手を押さえられた。 「心配しなくていい。楽にしてあげるから」 疲労し切った身体にこれ以上負担をかけず吐精させるには、私の手で扱いてやるのが一番いい。だが、ハリーはそれを拒んだ。 「そんなんじゃ……嫌だ……。他の人にされたまんまで終わりたくない」 ハリーは、ロベールにどんな事をされても、最後は私と身体を交える事でそれ以前の行為を浄化させたいのだろう。今、彼が求めるものは身体を労られることではなく、自分が望む相手に望まれる事だ。 「ステファン……俺の中に……」 膝を立てて脚を開き、男を受け入れる体勢でハリーが呼ぶ。――逆らえるわけがない。 極力セーブしようとしたが、ハリーがそれを許さなかった。もっと深くもっと強く、とハリーは強請る。吐精を果たしてもなお要求をやめず、快楽に乱れる姿にいつしか私は自制出来なくなっていった。 自分の手のひらで、舌で、ハリーの身体に残されたロベールの手垢を拭い去る。体内に留まったロベールの残滓をペニスでかき出し自分のものと入れ替える。そんな風に、彼が満足するまで“浄化”をしていった。 一突きするたび精を吐き出す様と悦びに恍惚とした彼の顔を見下ろして、私は今度こそ自分の過ちを認めた。どんなにハリーを凌辱しても不思議と彼は少しも汚れない。そしてそこに母親の影は宿らない。ハリーを他の男に抱かせなくてもこんなにも彼は私を求める。あなただけなのだ、と全身で訴える。こんな事をして得るものは何もないのだ。 ――もういい……茶番は今夜で終わりだ。8月も後半に入り、私は仕事に追われるようになった。世間ではまだバカンスシーズンだというのに、自分だけが仕事とダンスをしているような気がしてくる。 パリ1区に新装オープンするホテルのレストランを我が社がプロデュースする事になった。その総責任者である自分は、各地の農家やワインセラーを転々とまわるため出張が多くなっていた。 仕事は嫌いではない。一から作り上げて行く仕事はやりがいがある。だが、ハリーと過ごす限りある時間が削られる事だけがつらかった。最後にロベールと3人で会った夜の翌日から、私は3日間の出張に出なければならなかった。 「ハリーがまだ帰ってない?」 プロバンスの野菜農園を視察し、農家数軒との打ち合わせをこなして、ブルゴーニュに向かう前にいったんパリに戻った。自宅に帰るなり、出迎えた執事にハリーの不在を知らされた。 「ハリーさまが連絡もなく帰りが遅くなるなど、今までなかったものですから」 いつも冷静な執事のジョゼフがこの時ばかりは不安を隠せない様子で言う。 「旦那さまも奥さまもお出掛け中に、私の一存で警察に連絡していいものか……」 父と母は、古くからモンティエ商会と取引きがある大手ピクルスメーカーの創業記念パーティに行っているのだ。著名人も多く出席するほどの華々しいパーティだ。帰宅は一体何時になるかわからない。 もしや、ハリーもパーティに連れて行ったのかとも思ったが、そんな事は何も聞いていないとジョゼフは言う。仮に、急遽同行する事になったとして、父と母が家の者にその旨伝え忘れたとしてもハリーは絶対忘れず使用人たちに連絡を入れる。そういう子だ。 時計を見ると8時半を過ぎていた。いよいよ普通ではない事を悟る。外はまだ明るいが、いつもの食事時間を過ぎていても電話の1本もないなどハリーにはあり得ない。 「これから私が心当たりを探してくる。警察に電話するのは少し待て」 玄関のクローゼットからレインコートを取り出して羽織り、車のキーをポケットに突っ込んだ。ジョゼフがそわそわと私の後をついて歩く。 「旦那さまと奥さまから連絡があったらいかがいたしましょう」 「父上と母上には言うな。ハリーは必ず探し出す。電話を入れるから、お前は夜食を用意して待っていてくれ」 ジョゼフに見送られて屋敷を後にし、私は降り始めた小雨の中へと車を発進させた。