春というよりは初夏の陽気の日が続いていた。 夜と昼の寒暖の差が激しいものの、連日の好天続きで翠鳴楼の庭の木々も日一日と緑が濃くなっていた。庭のあちこちで小鳥が忙しなくさえずり、巣作りに余念がないようだ。 この日、小夜啼は昼食が届けられるまで目を覚まさなかった。食器の鳴る音が耳に届き目を開ける。シーツの中で手足を伸ばして、彼は自分が全裸である事に気付く。 昨夜、きっかり2週間で帰国したステファンに夜通し抱かれた。 “帰ったらたっぷり埋め合わせをする”という言葉通りたっぷり愛されたが、むしろ嫌というほど虐められたと言った方が正しいかもしれない。 2週間前の去り際の素っ気なさが嘘のように激しく濃厚な一夜だった。2ヶ月と2週間ぶりのブランクを埋めるような情事は手荒で、小夜啼の上げる声は嬌声というより悲鳴に近かった。途中から気を失ったらしく、いつステファンが帰ったのかもわからない。 愛撫を受けた箇所が痛み、身体の節々が悲鳴を上げる。それでも小夜啼は満ち足りた気分だった。 いつもの紳士の仮面を脱ぎ棄てて乱暴に欲望をぶつけてくる時、ようやく生身のステファンを感じる事が出来た。小夜啼は優しい言葉は信じない。曖昧な言葉や嘘をつく口もいらない。こうして抱き合う事の方が真実に思えた。 小夜啼はのろのろと寝台から出ると、ふらつく身体を叱りつけながら浴室に入った。今夜も予約は入っているのだ。夜までにあちこちの痛みが治まる事を祈りつつ熱めの湯に浸かった。 風呂から上がり届けられた昼食を食べる。小夜啼はいつも食が細い。食べるという行為が面倒とすら思う。だが食べなければ夜を乗り切れない。男娼という仕事は意外に体力を使うのだ。 食後、陽気に誘われるようにバルコニーに出た。 東向きのバルコニーは、椅子とサイドテーブルを置くとそれでいっぱいになるような小さな作りだが、天気のいい日など小夜啼はよくこのバルコニーに出る。 この部屋は南東の角に位置していた。娼館の東面は庭の奥に当たり、庭師以外の人間は滅多に通らない。小夜啼の部屋の前には枝を広げた大きな広葉樹が立っており、葉が茂ればちょうどバルコニーが外から隠れた。つまり、此処は単衣一枚羽織っただけの姿で気がねなく外部に出られる場所だった。 籐椅子に座り、木箱から新品の煙管を取り出す。昨夜ステファンが持ってきた小夜啼への土産である。 雁首と吸い口が純銀製で鳥の彫刻が施されている。管の部分は竹ではなく黒檀で、なおかつ花の象嵌があしらわれていた。見ただけでこれが高価な物だというのがわかる。 ――何もいらないって言ったのに……。 胸の中でそう文句を言ってみたが、ヘビースモーカーの小夜啼にとって煙管は手放せない実用品である。美しい新品の煙管を贈られて嬉しくないわけがなかった。 刻み煙草を詰め、煙草盆から火を移し、さっそく一服してみる。煙草の味が変わるわけではないが吸い口の感触がいい。手に持った時、形も重さもしっくりきた。何より細工が美しい。おそらく手彫りの一点物だろう。 ――ステファンはこういう物を一体どうやって見つけてくるのだろう。 全体をもっとよく見たくて腕を伸ばし、陽にかざす。色合いと彫刻に見惚れてしまう。横から、上から、陽の光に照らされた彫刻と象嵌の陰影を楽しむ。 くるくると煙管を動かしていて、その時、指がもつれた。 あっ!と思った時はもう遅く、指から滑り落ちて煙管はバルコニーの手摺を超え下に落ちていった。 「おわっ!」 唐突に、そんな叫びが下から聞こえて、小夜啼は驚いて手摺に掴まり真下を覗き込んだ。 「あっぶねえ!……何だぁ?」 若い男がそこに居た。男は身を屈めて煙管を拾い上げ、頭上を振り仰ぐ。見下ろしている小夜啼を見つけると男は満面の笑顔になった。 その顔を見て小夜啼はハッと息を飲む。いつか厨房の前で料理長と話していた、あの黒髪の青年だった。 「これ、あんたのー?」 青年の言葉に小夜啼は小さく頷く。 どうしたらいいものか、と小夜啼は咄嗟に考えた。返してほしいが持ってきてもらう事は出来ない。娼婦たちの居室があるフロアに予約客以外は立ち入れない決まりだ。かといって自分が下まで取りに行くのは、このふらつく身体ではつらい。このバルコニー目がけて放り投げてもらうのも避けたい。危険だし、何より煙管に傷が付きそうだ。 「あー、ちょっと待ってて。今、持ってってやるよ」 戸惑っていると青年がそんなふうに言う。どうする気だろうと思い見守っていると、青年は煙管を横に咥え、傍の大木をよじ登り始めた。 「おい、危ない……」 はらはらと見守る小夜啼の心配をよそに、彼は太い枝に足をかけ、洞を掴み、瘤を足がかりにして少しずつ登ってくる。そしてついにバルコニーの高さまで来ると、煙管を服でごしごし擦って小夜啼に差し出した。 「よっ……届くかい?」 小夜啼がいっぱいに腕を伸ばし煙管を受け取る。ようやく手元に戻って来た煙管は傷もなく、小夜啼はホッと安堵の息を吐いた。 「怪我はなかったか?」 三階の高さから金属の先端が当たれば怪我をしてしまうだろう。 「へーき、へーき。びっくりしたけどな」 心配顔の小夜啼に青年は笑顔でひらひらと手を振った。 「あのさ、こないだ会ったよね」 青年の言葉に小夜啼の心臓が大きく鳴った。あの時、青年の笑顔を見て何故か動揺してしまった胸の内が読まれたのではないかと、あり得ない事なのにまた落ち着かない気持ちになる。だが、気を取り直して頷いた。 「……料理長と親しいのか?」 「あ、覚えててくれた?俺、酒屋なんだ。此処の酒はみんなうちのだよ」 「翠鳴楼の酒全部か?種類も量もかなりあるだろう」 「そうだね、しかもいい酒ばかりだよな。大変でもあるけどもの凄くありがたいよ。翠鳴楼はうちの大得意さんなんだ」 客と過ごす夜、必ずそこに酒がある。卑猥な言葉を囁かれながら、セックスの前後に、口移しで飲ませ合う時もある。それを届けているのがこんな爽やかな笑顔の青年だったとは……。その当人とこうして面と向かうと、小夜啼は酷く居心地の悪い気持ちになった。 「俺、此処に出入りするようになって初めて事務方以外の人に会ったけど、何か嬉しいよ」 まるで、そんな気持ちを読んだかのような言葉に、小夜啼は驚いて青年を見た。 「だって、あんた実際飲んでくれてる人でしょ?うちの酒。直接の消費者と会えるのって売り手は嬉しいもんだよ。うちは卸しだけだからさ」 小夜啼も娼館に出入りする業者の事は何も、誰も、知らない。業者の多くは午前中に来る。小夜啼をはじめ娼婦たちは通常寝ている時間帯だ。午後に来たとしても一階に下りない限り外部の人間と会う機会はない。また彼らと直接関わり合う事もない。関わるとすれば美容師か医者くらいである。 「俺も、納品業者に会うのは初めてだ」 小夜啼がそう言うと青年はパッと顔を輝かせた。 「ねえ、あんたこの時間いつも部屋に居る?」 「ああ」 「また来てもいい?」 「……別に構わない」 「よっしゃ……!」 青年は深く俯きながら小さくガッツポーズをした。 「ごめん、すっかり話し込んじまったな。もう行くわ」 登って来た手順と逆に後退ろうとして、彼はふいに顔を上げた。 「そうだ、名前教えてよ。俺はアクセル。――あんたは?」 「……小夜啼」 「小夜啼……さ・よ・な・き……。オッケ、またな小夜啼!」 慎重に一足一足下りていく様子をまたはらはら見守る小夜啼に、アクセルは「下りる時の方がおっかねえわ」と言って笑いかけた。 無事に地面に下り立つと、アクセルは大きく手を振って歩き去って行った。 ――変なヤツ。 突然現れて、太陽みたいな笑顔を残して、風のように行ってしまった男。妙に人懐っこい笑顔が脳裏から離れない。 ――人懐っこいというか馴れ馴れしいというか……。 木の上の男と会話していた先程の自分。そんな可笑しな出来事に小夜啼は笑いを噛み殺しつつ、いつまでも大木の枝を眺めていた。 それから5日後の午後。 「さーよーなーきー」 囁くような音量で、それでいて叫ぶように名前を呼ばれ、小夜啼は顔を上げた。ちょうど昼食を食べ終わった頃だった。 「小夜啼ー!」 今度はもう少し大きな声で呼ばれ、その聞き覚えのある声に立ち上がる。慌てて東のバルコニーに駆け寄って見下ろした。 木の下で、アクセルが小夜啼を見上げて「よう!」と片手を上げた。今日は手にビニール袋を下げている。 「今、大丈夫ー?」 小夜啼の方を指差しアクセルが尋ねる。小夜啼が黙って頷くと、彼はビニール袋を手首に引っかけ、この間の要領で木を登り始めた。 ひょいひょいと長い手足を上手く使って、一度登った木のコツをもう掴んだのか、アクセルは5日前より早いペースで楽々と上へと進む。それでも見守る小夜啼は手に汗を握っていた。 「よ!こないだはどーも!」 先日と同じ太い枝まで辿り着くと、アクセルは嬉しくて堪らないと言いたげな満面の笑顔でそう言った。 「どーもはいいが、木登り見てたら落っこちやしないかひやひやする。心臓に悪い」 「大丈夫だって、ガキの頃から木登りは得意なんだ」 「この高さから落ちたら……死ぬぞ?」 小夜啼に真顔で言われ、アクセルはちら、と下を見下ろして引きつった笑いを浮かべる。 「まあ、まだ死にたくないわな。でも他にあんたと会う方法ある?」 たとえば、と前置きし、しばらく考えて言葉を続ける。 「此処にハシゴかけていい?」 「……人に見られたら不審者だって通報されるぞ」 「じゃ、あんたが下まで降りて来てくれる?」 「面倒臭いから嫌だ」 「正面から堂々と部屋に行く」 「予約客以外は立ち入り禁止だ」 「じゃあお客として会いに行くよ」 「生憎、予約でいっぱいなんだ」 「……結局、打つ手なしじゃん!」 アクセルは落胆するふりをしながらも楽しそうに笑った。 よく笑うヤツだな、と小夜啼は思った。こんな腹を抱えて笑うような男は周りに居ないし、そういう場面にもあまり出くわす事がない。 そして、そんな笑顔のせいだろう。アクセルが座る枝は葉が茂って日陰になっているというのに、彼の周囲が明るく感じるのだ。 「この時間帯って大丈夫?都合悪くない?」 「この時間の方がいい。午前中は庭師が仕事しているからな」 「そっか、よかった。俺も来るのはいつも午後なんだ。午前中は厨房がランチの準備で忙しいからさ」 ただ酒を配達するだけでなく、厨房との打ち合わせが必要なのだとアクセルは言った。夜のサービス業として酒は娼館にとって重要な物である。 「あ、忘れるとこだった。お土産持ってきたよ」 そう言ってアクセルは持っていたビニール袋を差し出す。小夜啼は手を伸ばすがそのままでは届かず、煙管で持ち手を引っかけ受け取った。 傍らのテーブルで袋を開けると湿った新聞紙の包み。さらにそれを開くと……。 「花?」 15センチほどの背丈の茎に白い小さな花がいくつも付いている。それが何本あるのか。両手でなければ掴めないほどの量だった。 「それはすずらんだよ」 「すずらん?」 「郊外のカシワ林にさ、今の季節すずらんがたくさん咲くんだ。可愛い花だろ?」 それは小夜啼が初めて見る花だった。1センチにも満たない小さな丸い花は可憐で、小さいわりに馥郁たる香りを放っている。 「いい匂いだな……」 「だろ?すずらんは香水の原料にもなるくらいだからね」 香水と言われて、そういえば何処かで嗅いだ事がある香りだなと小夜啼は思い出す。 「男のあんたに花持ってくるのもどうかと思ったんだけど……」 アクセルは少しためらいながら言葉を続けた。 「バラだったら一年中花屋で売ってるけど、すずらんは今の季節だけ咲くんだ。あんたにそういう季節を届けたくてさ。……なあんて、俺のガラじゃねえな」 照れ隠しにアクセルは頭をかく。 人懐っこくて図々しくて物おじしない若者。あまり上品とは言えない言葉づかいは小夜啼の周りには居ないタイプの人間だ。だが、アクセルは自分を飾らない男なのだと小夜啼は思った。 この男の心には裏というものを感じない。逆に、やましい心を隠し通せず全部表に出てしまう不器用さがある。そんな不器用さに小夜啼は安心感を覚えた。 「……すずらんか。気に入った」 「え……ホント?」 「今だけの花なんだろ?贅沢な気分になるな」 小夜啼はすずらんを一本取り、ちょっとしたふざけ気分で自分の髪にそれを挿した。 「あ、それやりたい!」 「おい、これ以上近付くな!枝が折れる!」 手を伸ばしながらにじり寄ろうとするアクセルを慌てて制止する。枝がしなり葉がざわざわ音をたて、やむなくアクセルは腰を下ろした。 気を付けろ、と叱ろうとしたが、アクセルが先に口を開いた。 「綺麗だよ、小夜啼……」 そんな不意打ちのようなセリフを、はにかみながらアクセルが言う。 綺麗……。客から何度も何度も言われる褒め言葉。とくに嬉しいと思った事はなかった。何となく受け止めてきた、ただそれだけ。なのに……。 卑怯だ、と小夜啼は思う。 こんなに眩しそうな顔をして真っ直ぐに自分を見つめながら言うなんて。本心かもしれないと思ってしまう。そして、一体自分はどんな顔をすればいいのだろう。 気恥しくなって、小夜啼は俯いた。 それからしばらくアクセルは木に留まり、二人は友だちのようにたわいもないお喋りを続けた。 「……それでさ、おたくのとこの料理長、ディナーの準備がピンチだからって俺、待たされたのよ。えれー切羽詰まった顔でさ。しょうがないから庭をぶらぶらして時間潰ししてたってわけ」 5日前、滅多に人が通らないようなこの場所に居た理由をアクセルは語る。酒の注文に関してはいつも料理長から受けるため、アクセルは定期的に翠鳴楼の厨房を訪れていた。 「美味い酒や珍しい酒を求めて結構あちこち行くんだぜ?時には他所の国にもね。今はちょっと忙しくて前みたいには飛んで歩けないけど」 「卸売だけじゃなく、飲み屋をやろうとは思わないのか?」 小夜啼がそんなふうに話を向けるとアクセルは目を輝かせた。 「思うよ、すげーやりたいんだ。でも今は親父から引き継いだばかりだからね。いつか金貯めてバーを開きたいよ」 「この仕事、好きなんだな……」 将来に夢を持った青年なのだ。自分の仕事を、そして夢を語るアクセルを、眩しいと小夜啼は思った。 一見、今時の若者らしく洒落たシャツを着てアクセサリーを付け、何処か軽薄そうにも見えるが意外に真面目らしい。きっと女にモテるのだろう。だが、木登りはモテるための必須項目ではあるまい……。 そこまで小夜啼は考えたが、次の瞬間吹き出してしまった。 「何だい、急に笑って」 「我に返ったら可笑しくなった」 「で?」 「木にしがみ付いている男と会話しているなんて、俺は人間相手じゃなくリスと喋っているみたいだ」 「ひでーな、それ!」 腹を抱えて一緒に笑うアクセルにつられて、小夜啼はますます笑った。 「あんた、笑うと可愛い顔になるんだな」 目尻の涙を拭いながらアクセルは言う。 「もっと笑いなよ、笑った顔いいよ、絶対いい」 そんなアクセルの蕩けそうな顔に、小夜啼は頬が熱くなるのを感じた。 ――ああ、そんな事言うな。 どんな顔をすればいいのか、またしても小夜啼は戸惑ってアクセルから目を逸らした。 アクセルが帰った後、小夜啼は学校から戻ったテオに手伝わせてすずらんを活けた。花の背丈に合う花瓶がなく、普通のグラスにいくつにも分けて活ける。 「結構な数になったな」 「花瓶よりコップの方が合いますね」 細身のグラスのせいで大した量は入れられず、結局すずらんはグラス10個に小分けされた。 「いい匂い。懐かしい……」 目を閉じ、テオは花の匂いを胸いっぱい吸い込む。 「この花、知っているのか?」 「はい。僕の育った村にも咲いてました」 娯楽施設はおろか商店すらなく、周りは山と川と畑しかない。自然だけが取り柄の故郷。その山にすずらんが咲いていた、とテオは言う。 テオの居た村は貧しい農村だった。食べていくだけで精一杯で、テオは学校にも碌に行けなかった。遊ぶ暇もなく、幼い弟や妹の子守りをしながら畑仕事を手伝っていたのだ。 テオが年齢のわりに大人びているのは、貧しい中で子供らしい我儘も言えずそんな生活が当たり前だったせいだろう、と小夜啼は思う。 「……故郷に帰りたいか?」 小夜啼がそう尋ねると、テオは首を横に振った。 「ううん。僕、此処の方が好きです。みんな僕に優しくしてくれて」 ――みんなが優しくしてくれるのはお前がみんなに優しくするからだ。 小夜啼は胸の中でそう呟く。だが、口には出さない。 「……ひとつ自分の部屋に持って行け」 小夜啼がグラスをひとつ差し出すと、テオは目を丸くしてそれを受け取った。 「いいんですか?」 「たくさんあるんだ、持って行け」 テオが弾けるような笑顔になる。10歳の子供らしい、これがこの子の素顔だろうと小夜啼は思った。 「あの、一番優しいのは小夜啼さんです」 「ああ?」 こんな子供にも動揺させられる。 「馬鹿な事言ってないで、夜までに宿題を片付けてこい!」 自分の顔の赤さを自覚して、それを悟られる前に小夜啼はテオを部屋から追い出した。 「……何かが違うと思ったら、今夜はいつもの香じゃないな」 一通りの行為が終わった後、客がぽつりとそう言った。 「ああ……その花の匂いだ」 快楽の余韻に揺蕩いながら、小夜啼は客の胸に頭を預けたままナイトテーブルを指差す。 「すずらんか……。男娼の部屋にこんな可憐な花とは、変わった趣向だ」 客はグラスを取り上げ、花をしげしげ眺めながらそっと笑った。 今宵はテオに香を焚かせなかった。グラス9個分のすずらんは部屋のあちこちに分散して置かれ、その香りは部屋いっぱいに満ちていた。 「今の季節にしかない花だ。悪くないだろう?」 「どちらかと言えば、お前に似合いの花はバラか蘭だと思うがな」 グラスを元に戻すと、客は再び小夜啼に覆い被さってきた。 「……だが、たまにはいいかもしれん」 そのまま唇を貪る。腿に客の性器が当たり、それは再び硬さを取り戻していた。 「また……?」 「まだ大丈夫だろう?」 客は小夜啼の胸の突起を口に含み舌で転がす。同時に小夜啼自身を扱くと、それはあっという間に硬くなった。 「小さくて可憐な見た目のわりにバラよりきつい香り……。そんなところはお前に似ているな」 小夜啼は脚を開かされ、後孔の入口に客自身の先端を擦りつけられる。その刺激に知らず知らず腰が揺れる。 「クールな態度をとるくせに、身体はいやらしい小夜啼鳥……違うか?」 「ああぁぁっ!」 一気に最奥まで挿し貫かれた。 「それに、知っているか?この花には毒がある事を……」 先刻の絶頂からまだ余韻も冷めないうちに敏感になった部分を責められ、小夜啼きは堪らず仰け反った。 「お前は男を狂わせる花だ……!」 その時――。すずらんの香りの中、ふと、脳裏にアクセルの顔が浮かんだ。 ある日突然、春風のように窓辺にやって来た青年……。 『もっと笑いなよ、笑った顔いいよ、絶対いい』 そんな言葉が、木漏れ日の中で笑う顔が、頭から離れない。 ――何故だ……。 小刻みな突き上げが激しさを増す。身体を揺さぶられきつく目を閉じる。腰を中心に全身がびくびくと痙攣し始めた。 ――俺はこんな事をしている男なんだぞ? あの笑顔が自分に向けられる訳を、男に抱かれながら小夜啼は考えていた。