「今夜のお客さんも若い初顔の方だそうですよ」 テオが小夜啼の髪を梳きながら言った。 夕刻、いつものようにテオの手を借りて仕事前の身支度をしていた。あと30分ほどで客が来る時間である。 また若い初顔と聞き、小夜啼は内心うんざりしていた。 若い客にあまりいい思い出はない。若者でも年配でもみんなただの男で、やる事は同じだ。客に対して何の期待も要望もない。だが、やはり小夜啼は若い男が苦手であった。 若さゆえ体力があり性欲も強いとなれば、受け入れる側としては身体に無理を強いられる。初顔とくれば尚の事、会ってみるまで相手の性癖などはわからない。おまけに、娼館遊びに不慣れだと小夜啼との一夜を恋愛と勘違いする者もあり、彼にとっては鬱陶しい事この上ない。 それでも客である以上、相手を満足させるのが自分の仕事であり、どんな客でも恐れも驚きもしない、と小夜啼は思っていた。 だが、この夜ばかりは勝手が違った。 ノックの後に部屋に入って来た客をひと目見た瞬間、小夜啼は目を見開いて固まった。心臓も止まった気がした。 ひょろりとした長身に黒い髪、ラフなシャツにジーンズ姿。間違いなく娼館は初めてなのだろう客は、酷くおどおどと仄暗い室内を見渡して、部屋の奥の肘掛椅子に小夜啼の姿を見つけると途端に泣き出しそうな顔をした。 「小夜啼っ!」 その声に、小夜啼は茫然とした面持ちで椅子からゆっくり立ち上がった。 「アクセル……なのか……?」 夜の自分の部屋に、香が焚かれた男娼の部屋に、あのアクセルが居る……。小夜啼はまだ信じられない気分だった。だが、目前までやって来たアクセルの笑顔は、明るい日差しの中で見るあの満面の笑顔と寸分違わなかった。 「……やっと会えた!」 「お前、今まで何処に……」 それに対して話そうとするアクセルをいったん制して椅子を勧める。二人はカウチに並んで腰かけた。 「ごめんな、何も言わず突然来られなくなって。人目を気にして庭で会うのもマズイだろ?堂々とあんたに会えるのは客として此処に来る事だって思ったんだ」 「金を払ってか?結構高いだろう?」 自分がいくらなのかは、実は小夜啼自身正確には知らない。具体的に金額を聞いたとしても物の価値に疎い彼には今ひとつピンとはこない。だが、平民が簡単に出せる額ではないという事は聞いていた。 「そうだね、でもある程度覚悟はしていたよ。それより予約がいっぱいでびっくりした。かなり待ったぜ。でもこれでも早い方なんだとさ。初めての客はもっと待たされるらしいけど、俺は昔から出入りしてたからさ、そういうよしみってやつ?」 「その間いつも通りに納品に来ていたのか?」 「うん、来てたよ。よっぽど此処の庭に寄って行きたかったけど、我慢してた」 そしてアクセルはあらたまって小夜啼に向き合うと、真っ直ぐ目を見つめて言った。 「凄く会いたかった……」 小夜啼の心臓が跳ねる。顔が熱くなる。どんな顔をしたらいいのか戸惑った。見つめてくるアクセルから目を逸らせない。顔が赤くなっているかもしれない、と彼は思った。 アクセルが自分に好意を持っている事を小夜啼は知っていた。だが、アクセルは決して口説いてくるわけでもなく、また性的なものを匂わせる言葉も言った事がない。二人で居ると自分が男娼である事を忘れてしまいそうになる。親友、という感じだった。 おそらくアクセルは男色家ではないだろう、と小夜啼は思う。自分はアクセルにとってちょっと変わった友人と思われている気がする。それでも彼は客として、こうして此処にやって来たのだ。 ――こいつは今夜此処で俺を抱くんだろうか。あの人懐っこく笑う口で口付けられ、大きな手のひらが自分の身体を撫でるのだろうか……。 そう思った途端、身体の中心に熱が集まりだして小夜啼は慌てた。生娘のような今の自分を心の中で叱咤し、嘲笑い、何とか恥ずべき欲をやり過ごした。 「最後まで居られるのか?」 「居ていいの?」 「一応、此処は夜明けまでだ」 「居るよ、それまで。あんたさえよかったら」 いいに決まっているだろう――という言葉は飲み込み、小夜啼は頷いた。 「あ、これお土産。ちょっと飲んでみてよ」 小夜啼がブランデーをグラスに注ごうとした時、アクセルが持参した酒瓶を差し出した。ラベルのない透明な瓶に赤紫の液体が入っている。 「ワインか?」 「それね、山ぶどう酒なんだ。売り物じゃなくて近所のおばさんが作ってくれた自家製の酒さ。去年採って仕込んで、ちょうど飲み頃だよ」 香りを嗅ぎ、ひと口飲んで顔を上げる。 「美味い……。ジュースみたいだと思ったけど、結構きくな。でも、お前は客なんだから土産なんていいのに」 「美味い物は誰かと一緒の方がより美味いんだよ。あ、そのブランデーもなかなかだぜ?」 そういえば、このブランデーももともとはアクセルが納品した物だという事を思い出して、小夜啼は小さく笑った。 「納品した本人とこの部屋で飲むなんて、変な気分だな」 そんな風に差し向かいで飲みながら世間話をし、かれこれ一時間になろうとしていた。 話題は尽きる事なく会話は弾み、楽しいと小夜啼は思った。夜が明けるまでの数時間をどう過ごすかなど決まりはない。客が好きなように使えばよかった。 だが、きっかけを掴めかないでいるのか、アクセル一向に手を触れてこない。 「それにしても豪華な部屋だね、此処。俺んちとは大違いだよなあ」 「……娼館に遊びに来るのは初めてなのか?」 「まあね。だからちょっと緊張するな」 そう言って苦笑うアクセルを見て、小夜啼はこちらから導く事にした。 「緊張する事はない。お前はただ楽しめばいいんだ。……こっちに来いよ、アクセル」 立ち上がって寝台の傍まで行き、打掛を脱ぐ。 「酒もいい感じに回ってきたろう?そろそろ始めよう。事前に此処の決まりは聞いているな?」 「え?……ちょっと待てよ……」 慌てて立ち上がるアクセルを尻目に、彼は単衣の帯に手をかけた。 「――基本的に何をしてもいいが、俺の身体に傷を付けてはならない。危険な行為もだめ。外に連れ出す事も……」 「ちょっと待てって!小夜啼!」 アクセルは語気を強めてそう言うと、帯を解こうとする小夜啼の手を押さえた。 「俺……そんなつもりで来たんじゃないんだ!」 思いもよらないアクセルの言葉に小夜啼は呆気にとられた。 「俺を抱かないって事か……?」 頷くアクセルにたたみかけるように訊く。 「娼館が何をする所か知っているよな?俺が男娼だって事も……」 「知ってるよ……」 「じゃあ、何をしに……」 アクセルには好意を持たれていると思っていた。自分に触れたがっていると思っていた。だがそれは自分の勝手な思い込みで、本当は男に触る事に嫌悪感があるのかもしれない。男色家でないならそれが普通だ……。 小夜啼はそう納得しようとしたが、それを悲しいと感じる自分が居た。また、大金を払って会いに来た理由もわからなかった。 「……あのさ、誤解がないよう言っておくけど、あんたに魅力がないとか興味がないとか、そういう意味じゃないからな?現に俺、あんたに会いたい一心でやっとの思いで此処に来たんだから」 考えている事が顔に出ていたのか、アクセルは小夜啼の誤解を取り払うように話し始めた。 「でもさ、俺はあんたと過ごすための時間を買ったけど、あんた自身は金で買うものじゃないと思うんだ。娼館も娼婦も否定しないけど、俺には金でセックスを買うなんて出来ねえよ」 アクセルは必死な顔をしていた。小夜啼には正直言ってアクセルの理屈は今ひとつ理解出来ない。だが、どんなに会いたくて此処まで来たか、それを力説する真剣な気持ちは充分伝わってきた。 「まったく……お前みたいな変な客は初めてだ」 「こんな事言ってあんたに嫌われたらどうしようって、俺……」 「おまけに馬鹿なヤツ。さんざん待たされて金払って、なのに何もしない大馬鹿」 「小夜啼ぃ……」 あまりにも情けなさそうなアクセルの顔を見て小夜啼は苦笑するしかなかった。 「そんな顔するなよ。お前が買った時間をどう使おうとお前の自由だ。俺は構わんよ」 あきらかに“呆れ”を滲ませてはいるが、それでもやっと小夜啼が笑った事にアクセルの肩の力が少し抜けた。 「怒ってない?」 「しつこいな」 「また来てもいい?」 「もう来るな。金が勿体ない」 「ええーっ!」 今度こそ二人は声を上げて笑った。 結局アクセルは明け方少し前に帰っていった。 楽しい一夜だった。笑えるような面白い話、興味深い街の話、アクセルの昔の恋愛話も少しだけ聞く事が出来た。酒を酌み交わしてつまみを口に放り込んで、気分良く酔っぱらった。男同士の、二人だけの飲み会。 久しく会えなかった相手が元気そうで安心した。そして変わらず自分を好いてくれている事が小夜啼は嬉しかった。無理をして大金を払ってまで会いに来て、時間いっぱいまで居てくれた。それだけで充分心が満たされた。 毎夜、毎夜、客に抱かれるのは身体に大きな負担がかかる。肌も筋肉も粘膜も酷使して、毎日とてつもない疲労感に苛まされる。一晩性行為がないだけでも身体は楽だった。 アクセルはそういう事も意識の中にあるのだろう。彼の振る舞いにはいつも労りが感じられるのだ。 どこまでも優しい奴、そう小夜啼は思った。だが……。 ――お前は本当にそれでいいのかよ……。 心によぎるこの一抹の寂しさは何であるのか、小夜啼はわからなかった。 立て続けに吐精させられて、その気だるさにごろりと寝転がる。単衣の裾の乱れを直してそこにあったちょうどいい枕に頭を乗せれば、上から声が降ってきた。 「どうした?珍しいな」 声と共に当たり前のように頭を撫でられ、その心地よさに小夜啼は目を閉じた。 「爺ちゃんに最後の一滴まで搾り取られて干からびそうだ……」 肉付きの悪い膝でも温かで、このまま眠ってしまいそうだった。 「そりゃ悪かったな。だがお前のおかげであと100年は生きられそうだ」 「200年も生きるなんてさすがに図々しいだろ」 小夜啼が声を殺して笑えばイヴォンも笑いだして、膝を通して頭も揺れた。 「今はまだ死ぬわけにゃいかんよ。わしの一族が遺産を取り合って争うのは目に見えている。本当に大事な物を平等に遺して、余計な金はこうして遊んで使い切らないとな」 とんでもない道楽老人だが、それも一族を想うが故のひとつの手段なのだろうと小夜啼は思った。冗談めかしているが本当は思慮深い賢い老人だ。 「放っておいても長生きするわしの事より、お前は何を悩んでいる?」 甘えてくる小夜啼がよほど珍しかったらしく、イヴォンは馴染みの男娼の小さな心の揺らぎを敏感に察知する。 「……別に悩んでなんかいない。ただ、理解出来ない客が居て少し混乱しているだけだ」 イヴォンは口を挟まず、黙って頭を撫でて話の続きを促した。 「娼館に来ていながら男娼を抱かないなんて……。俺に何を求めているのかさっぱりわからない」 あれからアクセルは次の週もやって来た。相変わらず珍しい酒とつまみを持ってきて飲みながら語り合い、夜明け頃帰っていく。やはり指一本触れてはこなかった。 会っている間、アクセルは嬉しくて堪らないといった笑顔だが、何かのはずみで手が触れそうになった時、彼は慌てて手を引っ込めていた。おそらくアクセルは意識して接触を避けているのだと小夜啼は感じた。 心に芽生えた一抹の寂しさは次第に苛立ちへと変わっていく。このままではいつか憎しみへと姿を変えそうで、小夜啼は自分の心が恐ろしかった。 「どうして?って、そいつに訊いてみたか?」 「俺は金で買うものじゃないんだとさ。金払って来ているくせに、訳がわからない」 「お前が不満なのはナンバーワン男娼としてのプライドが傷付いたからか?」 「プライド?違うよ、くだらない……」 それを聞いてイヴォンは嬉しそうに笑いだした。 「じゃあ、その男に“好きだから抱いてほしい”って言えばいい」 「ああ?」 小夜啼は老人の言葉に驚いて思わず膝から頭を起こした。 「何言ってるんだよ、そんなんじゃない」 「愛情表現は人それぞれだ。してほしい事、気に入らない事、ちゃんと言わないと相手に伝わらないぞ?」 うろたえる小夜啼の頭を撫で、もう一度膝に頭を乗せさせて老人はそんな風に言った。 「別に愛情なんかじゃないさ、俺もそいつも……」 「誰かに大切に想われている事に気付かないのは、お前の境遇のせいかもなあ……」 背中を向け黙ったままの小夜啼に、イヴォンはひとり言のように呟き、言葉を続けた。 「男をその気にさせる手管も話術も殺し文句も、わしにはわからん。だがな、素直な気持ちで歩み寄らないと二人の人間はいつまでたっても平行線のままだ。人と人はそうやって始まるものだよ」 老人の膝のぬくもりも、優しい手の動きも、声のトーンも、すべてが気持ちよくて、また眠気が押し寄せてきた。 「……素直になるべきなのはあいつの方だ」 それでも苛立ちを吐き出さなければ気が済まず、眠気で朦朧としながらも小夜啼が呟く。膝が揺れてイヴォンが笑った事を知った。 「疲れているんだな、可哀相に。膝くらい貸してやるから眠りなさい」 老人の膝は世界一安全な寝床のような気がし、安心して目を閉じる。 「よかったな、小夜啼……」 眠りに落ちる寸前、そんな声が耳に届いた。何がよかったんだよ、と言いたかったが、もう声を出す事は出来なかった。 次の夜、小夜啼の元に現れたのは意外な人物だった。 「よく予約が取れたな。もう出入りの許可が下りないと思っていたぞ。――ジュリアン」 肘掛椅子から戸口に立つ軍服姿の男にそう言えば、彼はしばしの沈黙の後、口元を歪ませ不敵に微笑んだ。 「あのままじゃ俺の気が済まないからな」 ジュリアンはゆっくり帽子を脱ぐと小夜啼に歩み寄って来た。そして彼の様子を窺いながら遠慮がちに向かいの椅子に腰かけた。 「それに出入り禁止になんかならないさ。俺は紳士的な態度で娼館を出て行ったからな」 「帰りに会計に寄らなかったのか?何もせずすぐ帰ったんだ、金は返してもらえたというのに」 そうしなかったという事は、娼館側は普通に行為が行なわれたと見なしているだろう。だが、何もしなかったから金を返せというのは客の名誉が損なわれるかもしれない。それにもし、男娼に拒まれたなどと文句を言えば、問題のある客として翠鳴楼は以後の出入りを断る可能性もあった。 「いいんだ。あんたの顔が拝めて話も出来た。それに授業料と思えばいい」 授業料という言葉に小夜啼は煙管を咥えたまま首をかしげる。 「……あの後、冷静になっていろいろ考えた。たしかに俺の取った行動は子供じみてたな。あんたを抱いたって何にも解決しないのにさ……」 ジュリアンはそう言うと深い溜め息をついてしばらく黙り込んだ。握ったり開いたりする両の手のひらを見つめて次の言葉を考えている。俯く顔が男っぽい。そこに苦悩を封じ込めているように見えた。 「親父が家庭を顧みない事と、あんたの存在はまったく別の問題だよな……」 「俺はラサル提督の事は何も知らない。それだけ提督は俺に心を開いているわけじゃないって事だ。こっちも家庭の話など聞かされても困るけどな」 「……悪かったよ、あんたに責任押し付けようとして」 力なくぽつりと呟いた後、ジュリアンは顔を上げ厳しい表情で言葉を続ける。 「だが、親父を許したわけじゃない。おふくろが流した涙を、俺は忘れる事が出来ない」 「……父親と腹を割って話せ」 「ああ。それが出来るのは息子の俺だけだからな」 そしてジュリアンは小夜啼に向き直るとあらたまった調子で言った。 「今日、此処に来たのは親父の事とは別の件だ」 小夜啼は何やら大きな決断を感じ、ジュリアンの視線を受け止めて言葉を待つ。 「あらためて、今夜あんたを抱きたい」 驚きのあまり小夜啼は言葉を返せなかった。自分の間違いに気付いたんじゃなかったのか?まだそんな事を言ってるのか?と声に出そうとしたが、ジュリアンがそれを遮る。 「この間は親父の鼻を明かしてやろうとか悲しませてやろうとか、そんな気持ちしかなかった。あんたの事、そのための手段にしか考えてなかった。でも今日は違う」 「……だが結局、お前は父親と同じ事をしようとしているんだぞ?」 「いや、同じじゃない。俺は独身だし恋人も居ない。誰の事も裏切らないし悲しむ人も居ない。……まあ、親父が知ったらどう思うか、それはわからないけどな」 「お前、男とでも平気なのか?」 「たしかに男と寝た事はないさ。でも“やり方”はいろいろ調べてきた。俺は本気だ」 二人は見つめ合ったまま、しばらく沈黙が続いた。 「今夜の俺は最高の男娼を買いに来たただの男だ。――小夜啼、あんたが欲しい」 カン!と煙管の灰を灰皿に落とし、小夜啼は立ち上がった。 「……いいだろう」 寝台の縁に腰かけて小夜啼は唇を貪られていた。上体に回された腕に次第に力が加わっていき、きつく抱き締められる。腕の力とは裏腹にジュリアンの舌はゆっくりと彼の口内を侵略していく。 「……キス、嫌がらないんだな」 唇を離してジュリアンが囁く。 「娼婦や男娼は、身体は売っても“唇は心”とか言って許さないんじゃないのか?」 「くだらない……。そんなのは幻想だ。たかが身体の一部に心も魂もない」 「潔いんだな。気に入ったよ」 ジュリアンはふっと笑い、小夜啼の身体を仰向けに倒した。 単衣を剥ぎ取られ、全裸の身体が眼下に晒される。全身を手のひらで撫でられる。男の裸など、男色家でもない奴が見て果たして興奮するのだろうか、と小夜啼は思ったが、ジュリアンの男性自身は反応を示していた。 それを口に含めばさらに質量が増す。ジュリアンは満足気に息を吐き、股間に顔を埋める小夜啼の頭に両手を伸ばし、髪をかき回した。 「いいぜ、小夜啼……。男はどうされたら気持ちイイか、わかっているのは同性ならではだよな」 小夜啼はこのまま吐精させようと思ったが、頭を引きはがされ組み敷かれた。顔中に口付けられ、相手の唇は首筋から鎖骨へと、次第に身体を下りていく。 薄く目を開けると、胸元で揺れる黒髪が目の前に広がっていた。 ――そういえば、この男も黒髪なんだな……。 アクセルよりだいぶ短いが、よく似た漆黒の髪。小夜啼はそれに指を絡める。くせのない髪質。この髪も伸ばせばやはりあんな風だろうか、と想像してみる。 年も同じくらいなのだろう。ジュリアンは軍隊で鍛えているせいかアクセルより筋肉質でがっちりした体形だ。それとも、アクセルは着痩せしているのかもしれない。 未だ見た事がないアクセルの裸体を思い描いてみた。 ――あいつがもし俺を抱いたらこんな感じだろうか……。 ぞくり――と腰の中が蠢いた。心臓が早鐘のように打ち始める。 「……あぁ……」 いつの間に香油を指に掬ったのか、ジュリアンは後孔にそれを塗り始めた。指は円を描くように入口をなぞる。次第に力が加わり、やがてそれはずぶりと侵入してきた。 アクセルのように大きな手のひら、節の目立った長い指。その指が根元まで深く沈められ中をかき回す。 「出来るだけ痛くないようにしてやるよ」 (痛くない?小夜啼) 開いた己の脚の向こうに、熱心に後孔を愛撫するアクセルが見えた。 「勃ってるぜ、あんた。……気持ちいいか?」 (どう?気持ちいい?) 指が増やされ、圧迫感が増す。どうやって学んだのか、ジュリアンの指は小夜啼の敏感な部分を的確に捉え、そこを抉る。堪らず腰が揺れた。 「挿れるぜ」 (挿れるよ!) 膝が胸に付くほど脚を引き上げられ、アクセルが脚の間に身体を進める。その大柄な体格に見合った欲望の塊が自分に向かってくるのが目に入った。 ――ああ、早く! 次の瞬間、熱い肉の杭に貫かれた。 「ああぁぁ――っ!」 「クッ……凄い締りだ……!」 一刻も我慢が出来ない男が激しく突き上げてきた。まだ異物に馴染みきっていない内璧が悲鳴を上げる。だが、その痛みすら快感に変わった。 「これほど、とは、な!あんた、すげぇイイ……ぜ……っ!」 快楽に我を忘れた。切なく、激しく、啼きながら頭を振って身悶える。その淫らな姿に煽られた男が抜き挿しの速度を増していく。 「ひ、ぁあ……ぁ……!やぁあ……アク……」 すんでのところで言葉を飲み込む。 ――俺は今、何を言おうとした? ジュリアンに抱かれながらアクセルを想っていた。 似たような体格、髪の色。同じ年頃の若い男。類似点を探して二人の姿を重ね合わせ、まぼろし相手に快楽を貪った。 ――わかった。もういい、わかった! 自分はこんなにもあの男を求めているのだと、今こそはっきり思い知った。心も身体も全部、アクセルが欲しい。 「男がこんなにイイとは……。あんた、最高だよ。最高の……男娼だ……!」 ふざけるな、と小夜啼は思った。 ――国内屈指の花魁?最上位の男娼?伝説の小夜啼鳥?……冗談じゃない。俺は心の中で客を裏切る最低の淫売だ。ジュリアンの身体を利用して自慰しているようなものだ。好きな男に相手にされず、妄想してイきそうになっているただの惨めな小鳥じゃないか! 肌を打ち付ける激しい音を聞きながら、いっそジュリアンがこの身体を壊せばいい、と願った。 頭を胸にかき抱かれ、突き上げが加速する。いつの間にか小夜啼は精を放っていた。ジュリアンはそれに気付いているのかいないのか、突き上げを止めようとしない。身体が痙攣し始め、苦しいほどの快感に涙が溢れた。 ――抱いてほしいんだ、アクセル……! 気を失いそうなほどの快楽にまみれ、自分を憎悪しながら、それでも小夜啼の脳裏からアクセルの姿は消えなかった。